2017年10月06日

「秋田の聖母の日」の感想と巡礼地での典礼の提案


秋田ファチマの聖母像.jpg


「秋田の聖母の日」が過ぎたと思ったら、もう10月になりました。

秋田の聖母の日に参加された方から、いくつかメールを頂きましたので、ご紹介したいと思います。

。。。。。。
(引用ココから)


「言葉ではうまくお伝え出来ないほど意味深い出来事でした。」

「秋田では 以前よく感じたそのような迷いも消えて行き、本当に楽しい集いでした。

 たくさんの喜びを持って祈りました。

 それと同時に御独り子のイエズスを苦しみのうちに亡くしたマリア様の哀しみに同化すること。それを通じて、辛いことにあっても大きな慰めと愛を感じたのです。」

といった、美しい喜びのお便りも頂いていて、とても嬉しく思います。

多くの方々が、このように喜びを感じ、いろいろな感想を持たれたのではないでしょうか。

聖母マリア様を慕っての祈りの集いに、御恵みの雨が降らないはずがありませんから。


秋田の聖母像3.jpg



また、問題点と今後の課題を考えさせられるメールも頂いております。皆で共に考えていくきっかけになれば、と思いますので、許可をお願いしつつ掲載させていただきます。


「☨ アヴェ・マリア

行って参りました。腰痛がひどく歩行が困難でしたが、バス亭から往復歩きました。
それほど多くの人ではありませんでしたが、厳かな二日でした。
御家族、皆様の為に、ファティマのマリア様に祝福をお願いいたしました。

感想一言。
アジア各国からの多勢の巡礼者のためか、日本語のミサの言葉をローマ字でスクリーンに移し出していました。
これは普遍のカトリックとしては異常なことです。以前のトリエント・ミサであれば皆の心が一つになったでしょう。

今の日本のミサ言葉も異常です。口語でもなければ文語でもありません。また話し言葉、書き言葉が混在しています。謙譲語でもありません。

ある外国人の神父様から、御聖体を拝受しました。跪き、口で拝領ですが、腰痛でしたのでよろよろです。
すると、聖体奉仕会のシスターが、「貴方、洗礼を受けていますか?」と。

私は、ラテン語で神父様に申しあげました。その神父様は何度も私の手を取り慰めてくださいました。

「神父様!以前の様なトリエント・ミサならお集まりの外国の方も、ローマ字の日本語に訳も解らず、祈ることもないでしょう。
こういった世界的な集会には皆が理解出来るトリエント・ミサにしてください」と申し上げました。

私の周りにいた人たちもわいわいと同じことを言っておられました。神父様も同感で「考えましょう」とのお答えでした。

もっと書きたかったのですが,日本の教会の為に考えています。」

。。。。。。。。。
(メール引用ココまで)


Yさん、Fさん、ご感想のメールを本当にありがとうございました。

いろいろ考えさせられます。


確かに、2013年の「聖母マリアとともに過ごす祈りの夜」の インターナショナル・ミサ(各国語を混ぜたミサ)でも、各々の部分は美しいのですが全体としては「つぎはぎミサ」のようだな、と思っていました。

以前、ファチマに巡礼した時には、バジリカ(大聖堂)で、ラテン語のトリエント・ミサが捧げられていて、本当にホっとした思い出があります。欧州は、英語も通じないところが多く、色々苦労した後だったので、馴染みの言葉の響きで癒されました。


巡礼でのトリエント・ミサは、聖座の許可が出ていますので、秋田での「トリエント・ミサ」は、可能なことではないでしょうか。
段取り等が大変でしょうが、司教様のご意向、そして信徒の皆様のご希望とサポート次第と思います。
み旨が行われますように、共にお祈りしております。


教皇ベネディクト十六世自発教令 「スンモールム・ポンティフィクム」から該当箇所を引用しておきますね。


 「§3 希望する信者または司祭に対して、主任司祭は、結婚式や葬儀のような特別な機会や、たとえば巡礼のような臨時の典礼に際しても、この特別な形式のミサ(トリエント・ミサ)を行うことを認めるべきである。」

全文はコチラhttps://www.cbcj.catholic.jp/2007/07/07/3689/


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posted by テレジア at 16:59| Comment(4) | 巡礼地としての秋田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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