2018年07月11日

カトリックの教えは人工妊娠中絶と体外受精を否定しています


今年も、7月16日海の日に、マーチフォーライフ(胎児の生命が守られることを願っての平和行進)があります。

 マーチフォーライフ[2018]は7月16日”産み”の日 午後4時 カトリック築地教会から出発します。
カトリック築地教会 → 日本橋 → 東京駅 → 西銀座 → 数寄屋橋 → 銀座8丁目 → 内幸町 → 日比谷公園までの3kmほどを
美しいファチマの聖母の御像といっしょに歩きます。


今年は、司教様方の推薦の言葉もあり、昨年よりさらに多くの方々が参加なさりそうです。
週間予報を見ると、とても暑そうなので、皆さん体調には十分ご注意くださいね。

。。。。。。。。。

ところで、生命問題は、色々な側面があります。
産めれば何でも良い、というわけではありません。

カトリック教会の教えは、堕胎ばかりでなく、体外受精も禁止していることを御存じでしたか?

なぜなら、(現在は)体外受精においては、必ず複数の受精卵をつくり試験管内で数日間培養されますが、それらすべてを母体に戻すわけではなく、「スペア」と呼ばれるいくつかの受精卵は処分(破壊か凍結)されるからです。

受精卵は、最も小さい段階の胎児であり、人間です。


これは、「受精の瞬間から人間の生命が始まる。それらは絶対的に尊重され、守られるべきである」というカトリックの教えに反しています。

「卵子が受精した瞬間から父親や母親のそれとは異なる一つの新しい生命がはじまる。それは、自分自身の成長を遂げるもう一人の生命である。受精のときにすでに人間となるのでなければ、その後において人間となる機会はありえないであろう。この不変かつ明白な事実は現代遺伝学の成果によって裏づけられている。すなわち、現代遺伝学によれば受胎の瞬間から、受精卵の中にはその生命が将来何になるのかというプログラムが組み込まれていることが証明された。それはつまり、受精卵は一人の人間、しかも特定の特徴をすでに備えた一人の個人となるということを意味する。受胎のときから人間の生命は冒険を始めるが、それが持つさまざまの偉大な能力は、発揮されるまでに時間がかかるのである」(教皇庁教理省『生命のはじまりに関する教書』第一章の1)。

「したがって人間の生命は、その存在の最初の瞬間から、すなわち接合子が形成された瞬間から、肉体と精神とからなる全体性を備えた一人の人間として、倫理的に無条件の尊重を要求する。人間は、受胎の瞬間から人間として尊重され、扱われるべきである。そして、その同じ瞬間から人間としての権利、とりわけ無害な人間だれにでも備わっている不可侵の権利が認められなければならない」(同上)。


また、非配偶者間の人工受胎や代理母も、カトリック的倫理観に基づいて否定されています。



カトリックの正しい教えを理解するために、

教皇庁教理省
「生命のはじまりに関する教書」 

《人間の生命のはじまりに対する尊重と生殖過程の尊厳に関する 現代のいくつかの疑問に答えて》

を、御一読なさることをお薦めします。

(日本語版は、カトリック中央協議会から発行されていますが、現在「在庫なし」となっています。
ネットのどこかに載っているかもしれません。)

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2017年12月27日

日本各地での聖体礼拝のお知らせ


日本各地で、聖体顕示、礼拝が行われています。

それをまとめて情報をUPしてくださるFaceBookのページがあるのに気がつきました。
どうも最近始まったFBグループのようです。


聖体礼拝の会FB
https://www.facebook.com/EucharisticAdorationJapan/?hc_ref=ARQFRnP9c3M5JV4RdHOis6clXaL7m31cqa6kmp7WZFgLDdtONDqQvkfVMfxs_-STiuU&pnref=story

許可を願いつつ、こちらでシェアさせていただきます。

定期的に行っている場所は、愛知、広島、鹿児島、秋田など。↓



Screen Shot 2017-12-27 at 8.08.01 AM.png
主税町教会(愛知県)
毎月第2、第4木曜日の19時ミサから 金曜日の19時ミサまで。




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広島カテドラル地下聖堂
毎月第二木曜日 10時〜11時半/ 19時〜20時半




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鹿児島カテドラル、ザビエル教会
毎月第一木曜日 6時半ミサ後から18時まで





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愛知県名古屋市のみこころセンター 
毎週水曜日と金曜日 12時の日本語ミサ後から3時の英語ミサ前まで





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秋田、聖体奉仕会 聖堂 
毎日 13時〜16時



。。。。。。。


参加の前には、変更等がないかどうか、FBで最新情報を確認してくださいね。
また、これらの他に、特別な祝日などに不定期で行われるものは、その都度UPされるようなので、時々チェックしてください。


本当に素晴らしいことだと思います。
心から応援しています。
このような祈りの集いに、反対や迫害が起こりませんように。

ミサでは跪けなくなってしまった日本ですが、聖体礼拝で御聖体のうちに真にましますイエズス様を、跪いて礼拝できるのは大きな恵みです。ありがたいことです。日本はまだ大丈夫かもしれません。

どうか、お一人で、あるいは知人、友人の方々を誘って、ご参加ください。
情報をUP、シェア等なさってください。
他の地域でも聖体礼拝があれば、FBで情報を共有してください。

主税町教会は、一時は閉鎖の噂もあったのですが、このような聖体礼拝がなされていることは、きっと天主様のおはからいですね。


近隣諸国を含め世界情勢は不穏な状況です。
すでに数百機以上のミサイルが、日本に向けて配備されている、とも言われています。
http://biz-journal.jp/2017/09/post_20456.html

私たちカトリック信者がすべきことは、デモや政治活動ではなく「祈り」です。


また、日本での死因の第一は自殺、それを上回る堕胎があります。
私たちカトリック信者は、私たちの救い主イエズスキリストを「礼拝」し、許しと恵みを願うことができます。


愛する祖国日本のために、日本民族の改心のために、兄弟姉妹の真の幸福のために、一緒にお祈りいたしましょう。



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2017年12月17日

12月16日、東京新教区長の着座式が行われました。

タルチシオ菊地功司教様の着座式のミサが、12月16日(土)の11時から行われました。

非常に多くの方々が集まられたようで、参加した知り合いの方は座れなかったそうです。

Screen Shot 2017-12-17 at 4.16.28 PM.png



菊地司教様、本当におめでとうございます。

日本の教会のために、たいへん大事な立場になられたことで、重責を感じておられることと思います。
聖霊の御導きによって聖主の御旨がいつも成されますよう、聖母のご加護がありますよう、お祈り申しております。

菊地司教様のフェイスブックに写真とコメントがUPされていました。
https://www.facebook.com/bpisao

許可を願いつつ、ブログでシェアさせていただきます。

Screen Shot 2017-12-17 at 2.49.39 PM.png


写真は個人のFBから転載させていただきました。
ありがとうございます。よろしくお願い致します。

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2017年10月26日

タルチシオ菊地功司教様、東京教区の大司教に任命される


Screen Shot 2017-10-26 at 2.57.11 PM.png


新潟教区の菊地司教様が、フランシスコ教皇様によって、東京教区の司教に任命されました。
心よりお祝い申し上げます。

立派な司教様なので、素晴らしい人選だと思います。
おそらく大司教様になられるのでしょうね。

現在も教区長の役割りのほか、カリタスなど、多くの仕事をこなされて、国内、国外を飛び回っていらっしゃる司教様ですが、東京教区は新潟よりずっと大きいので、ますます、お忙しくなりそうです。お祈りしております。


では、新潟教区はどうなるのでしょうか?

秋田は?

秋田の聖母マリア様の出現地を 大事にしてくださる司教様がいらしてくださいますよう、聖母マリア様、聖ヨゼフ様に、お祈りいたしましょう。

菊地司教様のフェイスブックに第一声がUPされていました。
https://www.facebook.com/bpisao

許可を願いつつ、FBは無いのでブログでシェアさせていただきます。

Screen Shot 2017-10-26 at 4.51.46 PM.png

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以下は、バチカン・ラジオ誌の関連記事のリンクと一部の試訳です。
。。。。。。。。。。。。。。

Pope appoints a new bishop to Archdiocese of Tokyo, Japan
http://en.radiovaticana.va/news/2017/10/25/pope_appoints_a_new_bishop_to_archdiocese_of_tokyo,_japan/1345070

教皇フランシスコは、水曜日に、日本の東京大司教区の新しい司教を任命した。現・新潟教区司教であるタルチシオ菊地功司教(神言会)が引退したペトロ岡田武夫大司教から引き継ぐ。

タルチシオ菊地功司教は、1958年11月1日に岩手県宮古に生れ、1986年3月15日に司祭に叙階された。2004年5月14日に、教皇ヨハネパウロ2世によって、新潟教区の司教に任命された。司教叙階は、同年9月20日。

(中略)

東京大司教区は、面積7,344km、人口19,200,258人で、そのうち約0.5%がカトリックである。75の教会を有し、3名の司教と85名の司祭がおり、55の男子修道院と151の女子修道院がある。

(管理人試訳)

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日本のカトリック中央協議会の発表はコチラ
https://www.cbcj.catholic.jp/2017/10/25/14984/

司教様のブログに、「新潟教区の皆さんに向けた挨拶のビデオ」が、UPされております。
司教様のブログは、まだ関連記事は出ていませんが、そのうち記事を挙げてくださるでしょう。
司教の日記
http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com


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2017年10月12日

トリエント・ミサの素晴しさを理解するために


先日の記事に、
「テレジアさん、トリエント・ミサのことをブログで私のように知らない人たちに分かりやすく噛み砕いて教えてくださいませんか?」
と、コメントをいただきました。

少し考えていましたが、トリエントミサのことがよく説明された記事を思い出しましたので、ここで許可をお願いしつつ、その部分を引用させていただきたいと思います。

下の引用記事内に、また引用があるので、ちょっとわかりにくいのですが、記事本文は福島睦男氏の著で、その中で、ラリー・ヘンダーソンという新聞編集者の文章が引用されています。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。
ヴァチカンの道 第19巻第3号 
「何故教皇様は司祭がトリエント・ミサを捧げ 信者がそれに与る権利を再確認なさったのか」より


(引用ココから)

 筆者は、読者の皆様に、何とかトリエント・ミサの霊魂の善のための力強い効果、その美しさを分かってもらい、使徒書簡の重大性を分かってもらおうと、心を込めて、この文を綴っているわけですが、ちょうどバッハのバイオリン協奏曲や ベートーベンのピアノ協奏曲・第五番の美しさを、実際の演奏なしで言葉だけで説明するようなもので、人間の言語の限界をはるかに超えています。やはり実際に演奏を聴いてもらうこと、ミサは与ってもらうこと、捧げてもらうことが、その深さを味わってもらう為には一番良いのです。

 そこで、苦肉の策として、生まれて初めてトリエント・ミサに与ったラリー・ヘンダーソンというカナダの新聞社の編集長が、『カトリック・レジスター』という 自社の新聞に書いた記事の中から、五つの段落を引用して、お目にかけたいと思います。

 米国との国境に近い ハミルトン市の聖マリア大聖堂での出来事です。

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カナダの ハミルトン市の聖マリア大聖堂


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全国テレビのキャスターも務めたラリー・ヘンダーソン氏



「私は 過去に一度も トリエント・ミサに 与ったことがない。したがって、子供時代の思い出の引力とか、ラテン語への思い入れとか、新しいものは 何でも駄目で 古いものこそ良い といった感覚も無い。あの日 ハミルトン市で、このミサに与った数多くの若者たちと同じく、私もこのミサを ”発見する”立場 だった」

「その時、私が見出したのは、現代の基準から見れば、きわめて通常とは異なるものだった。強烈な精神集中のミサであり、すべてを 御聖体に収斂させる行為で 神の救いの力が 今 秘蹟を通して働いている現実への認識に満ちていた。」

「トリエント・ミサは、今日の典礼から決定的に欠落しているひとつの次元 ー すなわち神の栄光への畏敬と驚嘆の感覚、人間の卑小さと、神の憐れみの必要性 ー に、私を運び入れてくれた」

 「満員の聖堂で、礼拝という行為は、その古代からの機能 ー すなわち救霊の機能 ー を取り戻していた。
 出席者の多くがラテン語を知っており、長年使わなかったため ページが黄ばんでしまった 家庭用小ミサ典書を めくっていた。ラテン語を知らない人々も多かったが、その必要も無かった。

。。。この日私が経験したことを、背筋がぞくぞくするような ”spine−tingling” 体験と表現したとしても、控えめな表現ということになってしまう。」

 「このような体験は 懐古趣味とは 全く違うものだ。トリエント・ミサの魅了を感じるのは ラテン語専門家と学者だけではないか、などという考えは、その場に集まった人々を 見ているうちに消え去った。
席を 埋め尽した人々の 真剣な集中した顔、ー その多くは 人生の苦労が刻まれた顔で、ミサへの感動で 涙に濡れた顔だった ー 労働者たちの手からは ロザリオが下がっており、聖堂のあちこちで 御聖体にまします主を見せるため、一番幼い子供を抱き上げている若い父親たちの姿が、聖堂のそこここに見られた」





ヴァチカンの道 第19巻第3号 (平成19年12月25日)23ページ
福島睦男氏の記事「何故教皇様は司祭がトリエント・ミサを捧げ 信者がそれに与る権利を再確認なさったのか」より引用

。。。。。。。。

【参考】

カトリック・レジスターの現在のHP
https://www.catholicregister.org/about/history


ヘンダーソン氏は、1973年からカトリック・レジスター誌に執筆するようになり、翌年には編集者となった。
彼の功績によって同誌は勢いを増し、1986年の退職前には、購読部数が彼の執筆開始初期の3万部から6万部に倍増していた。
また、彼のリーダーシップにより、同誌は、カナダにおける堕胎反対運動の先鋒となった。

In 1973, Henderson began writing for the Catholic Register becoming its editor the next year. He revitalized the paper increasing its subscription rate from 30,000 to 60,000 before his retirement in 1986. Under his leadership, the newspaper became a leading voice in the Canadian anti-abortion movement.
(ウィキペディアより引用、管理人試訳)https://en.wikipedia.org/wiki/Larry_Henderson


ラリー・ヘンダーソン氏の写真はコチラから転載させていただきました。
http://www.cbc.ca/news/entertainment/former-cbc-newsman-larry-henderson-dies-1.591880

文中の「使徒書簡」とは、教皇ベネディクト16世の「スンモールム・ポンティクム」




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2017年09月07日

私が「聖ピオ十世会」の教会に行く理由


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教義/信仰の純粋保持に尽くされた聖ピオ十世教皇様



今週の日曜日9月3日は、聖ピオ十世教皇様の祝日でした。

ちょうど、オーストラリアでは、父の日にも当たっていたので、家族で主日のミサに与り、イタリアンランチに行きました。

私たちは、聖ピオ十世会の聖堂のトリエントミサに行っています。
美しいミサです。
ミサの前に、家族 皆、告解をして聖体拝領いたしました。

純粋なカトリック信仰をブレなく保っている唯一の教会グループだと思います。
平和です。幸いです。感謝しております。
子供達が成人しても、教会にとどまり、告解をし、日曜のミサに与れることは御恵みの印だと思います。


改革後のノブスオルドに行っている間は、辛かったです。
1968年頃、私が小学校四年生くらいの時に、教会の中で改革が起こり始めました。
ミサは変わりました。とても短くなりました。
慣れ親しんできた歌いやすい美しい聖歌は歌われなくなりました。
それまでは、聖体拝領は拝領台に跪いて受けていたのに、できなくなりました。
跪けば、司祭から叱られるようになりました。
シスター方が率先して立って手で聖体拝領して指導して、従わない人は変な人のように言われました。
聖櫃が神にふさわしい聖堂中央から端の方に寄せられました。
十字架像は取り払われました。
ロザリオは個人の信心だから自宅でするように、と言われて、教会内ではしないことになりました。
ベールは被らない、教会内では絶対に跪かない、という風になりました。
告解がしたくても、神父様から個人告解は必要ない、と言われるようになりました。
いつも静寂だった聖堂内は、皆が談笑したり子供がおやつを食べたりして、ざわざわする場所になりました。


外国に引っ越しましたが、普通のカトリック教会は日本よりももっとすごかった。
上のようなことに加えて、聖歌は強いリズムの世俗風で、毎週日曜はバンド伴奏で歌っていました。聖歌隊の人は、マイク片手に歌いながら、もう一方の手でご聖体を受け取っていました。
特別な祝日には、ミサの祭壇の周りで青年たちのダンスがありました。
大晦日には、聖堂内でカウントダウンがあり、皆で拍手喝采していました。
ミサの説教はその日の福音からの話ではなく、世俗的なジョークが話されていました。
私は専心して祈れなくなっていきました。
内省したいと思い黙想会に行けば、司祭の代わりに異語を話すという女性が自分語りをしていました。
もう、どうして良いやら分かりませんでした。


でも、ノブスオルドが極端な反面、外国には、カトリック教会の美しい伝統を守るグループの聖堂もありました。
最初は半信半疑で行きました。皆様と同じように、彼らがカルトであるとか、異端とか、聞かされていたからです。
それでも行き始めることができたのは、主人が強い意向を持ってくれたおかげです。

。。。。。。。

行ってみたら、そこには以前と同じ美しい教会がありました。
静寂が守られていました。
聖体拝領台も、座席の跪き台も、そのままでした。
皆ベールをかぶり、跪いて、主を礼拝していました。

子供の頃によく歌った懐かしいラテン語の聖歌が歌われていました。
天使ミサもそのままでした。
普通のカトリック聖歌も英語で同じメロディーの歌が歌われていました。
聖体降福式で、ご聖体に在すイエズス様を礼拝することができるのは、本当にありがたいことでした。

素晴らしい神父様がいらっしゃいました。
いつもスータンを着ておられました。
ミサの前には告解を聞いて下さいました。
聖なる、霊的糧となる、お説教をして下さいました。
信徒皆のために、いつも優しく気遣ってくださる方でした。
「司祭はもう一人のキリスト」という言葉を思い出させるような聖なる雰囲気のある方でした。

カルト、などという言葉がどこから出てくるのか私にはわかりません。
カトリック教会を根底から変えてしまいたい人々の悪意ではないかと思うほどです。


今はこの教会に行けて、とても幸いです。
現教皇様が、聖ピオ十世会にご理解を示してくださっていて良かったと思います。対話が続いているかぎり、希望があります。


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2017年08月05日

雪の聖母マリアの祝日


雪の聖母マリア.jpg


 今日は、「雪の聖母大聖堂献堂」の祝日(一級大祝日)です。
初土曜日でもありますね。


 リベリオ教皇によって4世紀に建てられ、5世紀前半までかかって、増築、完成した 聖マリア大聖堂(マリアマジョーレ)を、記念する日です。

 雪の聖母大聖堂と呼ばれるのは、聖母マリアが、大聖堂を立てて欲しいと望まれたところに、真夏に雪を降らせて示された、という伝説があるからです。


 今日も、朝ミサと聖母のノヴェナに、行くことができました。感謝です。

 いろいろな聖母の祝日をお祝いできるのは、嬉しく、幸いなことですね。


雪の聖母の聖堂.jpg
定礎式で雪に鍬を入れるリベリオ教皇



ローマの聖マリア大聖堂.jpg
ローマの雪の聖母大聖堂


雪の聖母の聖堂3.jpg
雪の聖母大聖堂の内部 


雪の聖母の聖堂2.jpg
大聖堂の内部 天井と側廊



秋田の雪の聖母.jpg
>オマケ 秋田の雪のマリア様(^^)


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