2018年05月05日

秋田の聖母マリア、巡礼2018

statue-Akita-crying.jpg



五月、聖母マリア様の月になりましたね。


今年も5月3日から、毎年恒例のSSPXの秋田巡礼が行われています。

過去10年以上、毎年参加してきましたが、残念ながら本年は参加を見合わせました。
でも、巡礼に参加なさっている皆さんと心を合わせて、お祈りしております。

「秋田日記」というブログ名ながら、最近は秋田の聖母マリアに関する記事が少なくなっていますね。
この巡礼期間中に、秋田の聖母マリア御出現に関して黙想を深めるよう努めています。


 秋田の聖母マリア御出現の意義は、一般に思われているよりも、ずっと深く大きな意義があると思います。

 最も重要でありながら、あまり注意を払われていない天使の最後のメッセージを読み返してみます。

。。。。。。。

(引用ココから)


1981年9月15日

この日も、午後二時ごろ、聖母像から涙が流れた。秋田教会の信者たちのグループのほかに各地から来訪者があり、本部姉妹を合わせて計六十五名が目撃した。涙の量はとくに多くも少なくもないので、現象としてこれまで以上に記憶に残るものではなかった。ちょうどこの日は、聖母の悲しみの記念日であったから、一同はその符合に感銘を受けていたようであった。私自身も、これが最後の“お涙”であるとは、つゆ知らずにいたのである。最初から数えて、百一回目であった。格別切りがよいと思える数字でもなかった。


 ところが、この日から数えて十三日目の九月二十八日、聖体礼拝の時、姉妹笹川は突然天使の訪れを、霊的に感じた。その姿は現れなかったが、目の前に聖書が開かれ、ある個所を読むように指示を受けた。いかにも神秘的な光を帯びた、大きな美しい聖書であった。そこに“3章15節”という数字をみとめた時、天使のお声があり、聖母像の涙はこの個所に関係がある、と前置きして、次のように説明された。

 「お涙の流されたこの101回という数字には、意味があります。
一人の女によって罪がこの世に来たように、一人の女によって救いの恵みがこの世に来たことを、かたどるものです。
数字の1と1の間には0があり、その0は、永遠から永遠にわたって存在する神の存在を意味しています。
はじめの1はエワを表し、終わりの1は聖母を表すものです」


 そして、創世記の三章十五節を読むように、再度の指示があって、天使は去られた。同時に聖書のイメージも消え失せていた。


 聖体礼拝が終わると、姉妹笹川は私の部屋にとんで来て、天使からの指図を告げ、創世記三章十五節を読んでほしい、と言った。自分自身ですぐ聖書を開いてみるよりも、まず私に たしかめてもらいに来たのであった。

 わたしがとりあえずバルバロ師の口語訳を開いてみると、次の句が見あたった。
 「私は、おまえと女との間に、おまえのすえと女のすえとの間に、敵意をおく。
 女のすえは、おまえの頭を踏みくだき、おまえのすえは、女のすえのかかとをねらうであろう」
 そこで姉妹笹川は天使から聞いた百一回の涙の説明を、そのまま私にくり返したのである。


 私はその時はさほど驚くこともなかった。が、日がたつにつれ、涙が以後流れなくなった現実と、その意義が聖書をもって説明されたという事実に、次第に深い感銘をおぼえるようになった。

 創世記の三章十五節は、偉大なる神、絶対的存在者が、サタンに対して予言的宣告をなし、聖母マリアとの対決を言い表したものである。
 “女のすえ”とは、聖母マリアを通じて世に生まれ出るイエズスとキリスト信者たちを意味することは明白である。キリストの神秘体は、キリストを頭として世に生まれ継いでくる信者全体を指すものである。
 聖母は、キリストの神秘体である教会と一致して、サタンと悪の子孫に対して世の終わりまで戦う使命を、御父なる神から受けているのである。

 創世記のこの個所は、プロトエヴァンジェリウム(原福音)と呼ばれ、救世主についての神の最初のお約束とされる。また、サタンの対抗者たるべく、いささかの罪との関わりもない、聖母マリアの無原罪をも啓示する最初の聖句でもある。


 ルルドの聖母出現は、教皇ピオ九世による“聖マリアの無原罪のおん孕り”の宣言を記念するものといわれる。童貞マリアは原罪の汚れなく、聖霊によって救い主の母となった、との信仰箇條が一八五四年十二月八日に公に認められたその四年後、ルルドにおいて聖母は十六回目の御出現のとき「わたしは汚れなき孕りです」と、みずから確認するごとく、ベルナデッタに告げられたのであった。

 ファチマの御出現は、聖母の被昇天を記念するものといわれる。教皇ピオ十二世は一九五〇年の聖年の十一月一日に“聖母被昇天の教義”を宣告された。ピオ十二世はファチマの“太陽の奇跡”を個人的にバチカンの庭で見る恩恵を受けたことを、側近に洩らされたことから、その聖母崇敬と“被昇天”宣言もそのことに関連があるように取り沙汰されている。

 秋田の聖母像の涙の奇跡は、天使の口から、聖書の権威に拠って説明された。創世記の聖句は、世の終わりに至るまでの聖母とサタンの戦いを啓示する。これは聖母ひとりの戦いではなく、全キリスト信者とともに、キリストの神秘体と一致しての対決である。とすれば、“涙の聖母”が“メッセージ”の中で、罪の償いと改心を呼びかけられるのも当然なこととうなずけるのである。

 ルルドでは、聖母の無原罪のお孕りが記念された。
 ファチマでは聖母の被昇天が記念された。
 前者は聖母の御生涯のはじまり、後者はその終わりを輝かしく示すものである。

 秋田において聖母は、両者の中間をみたす御生涯を通じての使命に、わらわれの注意を惹き、心からの協力をうながされるごとくである。


(安田貞治神父著、<秋田の聖母マリア>より引用)

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 普通の本でも、「序文」や「あとがき」は大事ですが、「本文」がさらに大事なのは言うまでもないことでしょう。
 なので、秋田の聖母出現は、ルルドやファチマにも勝る意味があるのではないでしょうか?
(「どこそこの御出現が一番だ」などと、比べる必要はないので、そういう意味ではないのですが。。。)



 安田神父様は、「共贖者マリア」ということが本当に大事だ、と度々言っておられました。
 それが、秋田の御出現が示す大いなる意義なのです、
 マリア様はイエズス様と共に、人類の救いのための犠牲(いけにえ)となって下さったのです。

 天主なる神様に捧げる犠牲であれば、しみも傷もない完全に美しい良いものでなければなりません。
 「汚れなきもの」であることは、絶対必要な前提条件なので、「無原罪のマリア」(Immaculata)の教義は、「共贖者なるマリア」(Co-Redemptrix)より先に、宣言されたことは摂理に適ったことであったと思います。
 マリアは無原罪、かつ無自罪であり、全く罪の汚れのない者でありました。

 それに加えて、「天主の御母」であられたこと、つまり、イエズス・キリストとすべての喜び苦しみを共にされた御生涯によって、キリストによる人類の贖いに協力するにふさわしい者となられたのだと思います。

 たとえとして思い浮かぶことは、「秀吉が母を差し出して、さすがの家康も上洛した」という話です。人としてはただの百姓女です、が、秀吉の生母である、ということに人質としての価値があったのです。

 聖母マリアも、無に過ぎない被造物でありましたが、その御生涯の完全な奉献によって、三位一体の神にとって、最も美しく愛すべきかけがえのないお方になられたということ、に、人類の救いに協力する共贖者としての価値があるのではないかと思います。
 イエズスの母、ばかりではなく、「天主の御母」であるということは、真に偉大なことで、いつかきっと神学的に深い説明がされるであろうと、伺ったことがあります。
 マリアは「天主の御母」の称号にふさわしい方なのです。

そして聖母マリアは、私たちの御母でもあります。この全く美しい良き母のおかげで、私たちの小さな犠牲も天主なる神様に嘉されるものとなることができるのだと思います。
 


「一人の女によって罪がこの世に来たように、一人の女によって救いの恵みがこの世に来た」


天主の御母 聖マリア、罪人なる我らのために、今も臨終の時も祈り給え。アーメン。
感謝と祈りのうちに。


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2018年01月01日

2018年 年頭に想う

新年2018 あけましておめでとうございます。

昨年2017年は、ファチマの聖母出現から100周年記念の年でした。

世界各地からの大規模なファチマ巡礼がありました。
多くの各国巡回用のファチマ聖母像が作られました。
聖母像を迎えて各地でのロザリオの祈りの集いなどがありました。


また、ファチマのメッセージから100周年ということで、大きな天罰を心配する声も聞かれました。

 なぜなら、シスタールシアが受けたとする主イエズスのメッセージに、まだロシアの聖母の汚れなき御心への奉献がなされていないことへの不満が述べられていたからです。

「あの人たちは私の願いを聞き入れてくれなかった。彼らはフランス王のように後悔するだろうが そのときはもう遅過ぎる。
 ロシアはその誤謬を世界中に広めていて、戦争と教会の迫害は止まることを知らないだろう。教皇も大いに苦しむことになる。」
(回想録464ページ参照)

 フランス王は、主イエズスから 「自分を聖心に奉献するように、聖心を王の紋章入りの旗に描かせるように」と願われていたのですが、聞き入れませんでした。
 その願いが伝えられて、ちょうど100年経った時、フランス革命が勃発し、貴族は次々と捉えられ処刑され、教会は破壊されました。フランス王は幽閉されてしまってから後悔し、「自由になったら必ず主の願いを聞き入れます」と必死で誓いますが、時すでに遅し、再び自由になることなくギロチンで死刑になってしまいました。

 確かに100年は一つの区切りのように思いますし、
 主イエズスのお言葉は、このフランスの出来事を思い起こさせるので、ファチマの聖母御出現100周年になって不安に思う人々もいたようです。


 ですが、私は、聖母マリア様が、子供たちのために

 「憐れみの年月」

を、勝ち得て下さったのではないか、と考えています。

 なぜなら、聖母マリア様は、最初の一連の御出現から12年後にまた御出現になり、聖母の御心にロシアを奉献することを願う「時」が来た、と仰せられたからです。


 1929年6月13日、シスタールシアは三位一体と聖母マリアの汚れない御心を幻視し、その時、ロシアの奉献を願うメッセージを受けました。

「次に聖母が私におっしゃいました。
『教皇が全世界の司教と共同で私の心にロシアを奉献することを神様が願うときがきました。
 このような方法によってロシアを救うことを神様は約束して下さいました。
 私に反抗して犯した罪のために、神様の正義が断罪なさる魂があまりにも多いのです。ですから私は償いをするように願いに来ています。
 この意向のために償いをして、祈りなさい』。」
(シスタールシアの回想録462、464ページ参照)



 それで、私は、1929年を起点として、100年数えると思っています。今から2029年までは憐れみの年月です。

 この憐れみの年月に何も無いということではなく、助走のように少しずつ様々な厄災が起こるでしょう。
が、このメッセージから100年経っても、教皇様へお願いされた主のお望みが果たされない場合には、世界は本当に大変なことになるだろうと思っています。

 1917年7月13日の3回目の御出現で、第二の秘密として告げられたメッセージのようなことが起こるだろうと思っています。

「もし、そうしなかったら、ロシアは世界中にその誤謬を広めて戦争と教会の迫害を推し進めることになるでしょう。罪のない人たちが殉教し、教皇様には多くの苦しみが訪れます。いくつかの国はもう無くなってしまいます。」

 すべての人間の精神性を向上させる思想、宗教、とりわけカトリック教会は迫害されるでしょう。
 世界中で戦争になるでしょう。それは国ごと滅んでしまうほどの規模のものでしょう。

 。。。。。。。。。。。。


【参考 1】

科学者たちは、2030年頃からミニ氷河期に入ると警告しています。
予言ではなく、科学です。確実性は97%とも100%とも言われています。(反論もありますが。)

太陽光の60%が遮られるだろうとか、北半球の方が影響が大きいだろうとか、飛行機は飛べないだろうとか、いろいろな予測があります。
何れにしても、食料は不足するでしょう。
地域によっては、物資や人々の移動は困難になるでしょう。

戦略的には、ロシアなどの極寒地域の国々に有利になるような気がします。
ナポレオンも、ヒットラーも、冬将軍に負けたような形で、ロシアは征服できませんでした。
兵隊達は極寒の気候と飢餓に苦しみ、錫製の服のボタンはボロボロになったそうです。

冬に慣れた軍隊にとっては、温暖なアジアなどの冬装備のない軍隊を壊滅させることは簡単だろうと予想します。
戦う必要さえないかもしれませんが。

。。。。。。。。。。。。。。。
リンクと引用ココから

2030年氷河期突入で約20億人が死亡する危険性あり
http://www.news-postseven.com/archives/20170131_488511.html

2015年に英国ノーザンブリア大学のバレンティーナ・ザーコバ教授率いる研究チームの発表によれば、太陽の活動は2030年代に現在の60%にまで減少し、1645年に始まった「ミニ氷河期」(マウンダー極小期)の時代に近い状況になるという。つまり「2030年、世界は氷河期に突入する」という


http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/150721/lif15072117020013-n1.html

https://wired.jp/2015/07/14/mini-ice-age-earth-sunspots/

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【参考 2】

科学ではなく予言です。
が、上記の科学的予想と呼応している感じがしますのでご参考までに。
(ノストラダムスは原文訳のまま、聖徳太子はソースが曖昧不明でちょっと問題ありですが、お気楽にどうぞ。)



ノストラダムスの予言
大地と大気は冷えていく 大きな水もいっしょに
恐れの木曜日が訪れるとき
そしてもう晴れることはなくなる
四つの場所からそれらはひろがり、
その日は胸にきざまれる日となろう



聖徳太子の予言
http://yogen-blog.com/1082
http://r-ijin.com/syotokutaisi-2016/

「 2030年頃に、人類が滅亡の危機に瀕する 」
「 九大を損じ 先ず日沈み 万乗おとろう 」
「 天 不義を憎んで 怪物を下す 」

2030年頃に、人類が滅亡の危機に瀕する
「九大を損じ」九大とは 宇宙を構成する要素、風・雲・雷・海・火・日・天・地・空 のこと
「先ず日沈み」とは、まず、太陽の光が世界から無くなること。
「万乗おとろう」とは、この世の全てが衰退するとのこと。
「 天 不義を憎んで 怪物を下す 」は、神は人の道に反する事を憎んで、怪物を送り込むとのこと。

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2017年08月18日

幸いは神の御旨を行うことにある


受胎告知.jpg


 天使が訪れた受胎告知の時、

「私は主の婢女です。御言葉の通り私に成りますように。」(ルカ1.38)
と、処女(おとめ)マリアはお答えになりました。

この答えは、「私は、全身全霊をお捧げして、御言葉の成就のためにお仕えいたします」と、同義でしょう。

「私は主の婢女です」とは、
「私の霊魂は、主のお望みを果たすために捧げられています」ということです。

「お言葉の通り私に成りますように」とは、
「私の心も身体も、主への奉仕のために捧げられています」ということです。

この処女マリアの答えと、後に主イエズスの仰せになった、

「むしろ幸いなこと、神の御言葉を聞いてそれを行う人は」(ルカ11.28)とは、完全に呼応しているのです。


御母マリアの幸いは、ただ生物的に子を産んだことよりも、御言葉の成就のために生涯のすべての瞬間を捧げきったことにあると思います。

母として、御子イエズスキリストに親しく接し、日々霊的に学び、絶えざる内的礼拝の内に、御子の救い主としての使命に常に協力し、そのすべての苦労に参加していた間、心に聞いた神の御言葉を完全に行ったことにあると思います。


私たちも、御母マリアのように、主のみ旨を求め、御言葉を聞いて行うものとなれますように。


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2017年06月10日

聖母マリアは教会神秘体の「首」であるという伝統的なたとえ


御公現の聖母子.jpg


 天主なる神は、全知全能のお方です。

 主イエズスは、その全能の御力によって、成人した人間として空中に現れ、宣教を始めることも可能でした、もしそう望まれたならば。

 しかし、それでは、人類の一人となり、人類全ての罪を背負って犠牲となり、すべての人のための贖いを成すわけにはいかないでしょう。
 人類の誰とも、縁もゆかりも無いならば、人類の代表として罪を贖うことはできません。

 主イエズスが、キリスト、救い主となるためには、どうしても一人の母から生まれなければなりませんでした。そして、その母を通して、すべての人類と血の繫がっている真の人類の一員となったのです。

 このことは本当に偉大な奥義です。


 神学者スキレベークス司祭の著書の中に、

「キリストが神秘体の頭(かしら)であるなら、マリアは首である」

という、伝統的たとえの説明がありましたが、真に的を得た比喩だと思います。

 首は、頭ではありません。すべては頭から来るのです。
しかし、首がなければ、身体は頭と繫がっていることができません。
 首の骨、頸椎が潰されれば、脳から身体への連絡が絶たれた人は、ぐんにゃりと倒れて程なく死んでしまうのです。(*1)

 聖母マリアを失った信仰も、教会も、同じように命の無い、虚しいものになってしまうでしょう。


 救い主イエズス・キリストは、処女マリアから生まれ、幼子としてこの世に来られ、私たちに、天の命を与えて下さいました。

「しかして御言葉は人となり給い我らの内に住み給えり」

 この偉大な奥義が言い表される時、敬意と感謝のために跪くならば、全贖宥が受けられます。(*2)
 海外では、お告げの祈りの時、この部分で必ず跪きます。(日本では、祈り全文で 跪くようです。)


 また、ミサの使徒信経、ミサの最後の朗読ヨハネの福音書も、そのためにその部分で跪きます。(片膝を付く形です)

「聖霊によって、童貞なるマリアより生れ、人間となり給い。」
(Et incarnatus est de Spiritu Sancto ex Maria Virgine: ET HOMO FACTUS EST)



救い主の御母マリアに賛美と感謝。
天主の御母聖マリア、今も臨終の時も我らのために祈り給え。アーメン。


。。。。。。。。。。。

(*1)
首、上部頚椎にある延髄が生命維持に関わる呼吸、血管運動、心臓の中枢のほかに感覚神経、運動神経の通路になっている
http://online.sbcr.jp/2015/02/003924.html

http://specificbg.exblog.jp/11412098/


(*2)
贖宥については、第二バチカン公会議以後、いろいろと変更になっているようです。





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2017年05月20日

秋田巡礼2017の黙想。


この度の巡礼では、ファチマと秋田の違いを少し理解することができたような気がします。

講話のとき、祈りの時、聖歌を歌っている時、巡礼の間中に、いろいろと心に感じたことをまとめてみました。


秋田の聖母像.jpg


。。。。。


ファチマの聖母2.jpg


 
 今年は、ファチマでの聖母出現の100周年です。

 ファチマでは、太陽が動き回り、落下して地表近くに来て、そしてまた戻る、という大きな奇跡がありました。

 秋田での 聖母像が涙を流された、という奇跡は、ファチマに比べると地味ですが、同じように、というより、むしろそれ以上に偉大な奇跡なのです。
なぜなら、それは、「本質的奇跡」(*1)と呼ばれるものだからです。
また、全世界で公認された御出現の中で、落涙現象を含むものは秋田だけなのだそうです。


 ファチマの奇跡は、人々を驚かせるような奇跡でした。太陽が回転した後、落下して来て人々がその熱を感じる程になった時は、大勢が痛悔し、教会の反対者たちは死ぬほど恐ろしい思いをしたそうです。
ファチマの奇跡は、信じない者たちの心を揺り動かし、改心を迫るようなものであったと思います。


 秋田の奇跡は、人々の心に語りかけるような奇跡でした。聖母マリア様の涙を見た人々の多くは、自分の至らなさを思い、よく信心に努めて、もっと信仰を深めるよう導かれました。
秋田の奇跡は、むしろ信じる人々のためのものであったように思われます。


 秋田の聖母像から流された、血、涙、汗 は、みな異なる血液型の「ヒト体液」でした。
 安田神父様がおっしゃるように、これは天主様の新しい創造の御業でありました。どこぞの借り物ではありません。
 ですが、信じない人々には、意味のないものに見えたようです。
 安田神父様は、以前、ある女子修道院長に、「秋田の聖母像の涙などは、一般の人びとが何か珍しいものに群がるように、好奇心をそそるのに役立つでしょう」と、なかば軽蔑的に言われたことがある、と、書かれていました。
 しかし、トリックで同じような事が簡単にできる、という事が、必ずしも小さな奇跡というわけではありません。



 秋田の聖母のメッセージにも、近い将来の大天罰の予言があります。
「火が天から下り、その災いによって人類の多くの人々が死ぬでしょう。」「生き残った人々には、死んだ人々を羨むほどの苦難があるでしょう。」
というメッセージは、日本で与えられたので、これらことは日本でも起こるでしょう。


 先の第二次大戦でも、多くの人々が亡くなりました。
でも、ほとんどの生き残った人々は、「命だけは助かった」とか「生き延びれて運が良かった」と、喜んだものです。

 生き残った人々が死んだ人を羨むほどの苦難とはなんでしょう?

 現在は先の大戦時より、大量殺人兵器は遥かに進歩し多様化しております。
その中でも、死んだ人を羨むような苦しみを与えるのは、生物(細菌やウィルス)兵器による恐ろしい病気、化学兵器による無残な症状、核兵器による放射能汚染などではないでしょうか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/生物兵器
https://ja.wikipedia.org/wiki/化学兵器




 先の二つは、上層部だけは助かるように解毒剤や治療薬あるいは予防薬などが用意されているでしょうが、放射能汚染だけはどうにもならないので人類存亡の危機となるでしょう。

 保有していることを表明している国々の核兵器ばかりではなく、旧ソ連解体時に行方不明になったものを別の国あるいはテロリストが保有している可能性 とか、人工衛星には核兵器を搭載しないという国際条約が遵守されていない可能性 とか、期限切れの廃棄された大量の核弾頭が放置されている、とか、一般に出ている情報から考えても、いつ、どこで恐ろしい状況になるかわかりません。

http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51860326.html
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/05/05010322/06.gif



 核兵器が使用され、連鎖的に多くの爆発が起こるようになれば、多くの地域での高い密度の放射能汚染は免れ得ないでしょう。
 放射能で、DNAが破壊され、髪も皮膚も再生されなくなった人間は、おそらく酷い苦しみの中でゆっくりと死んでいくしかないのです。医療は役に立たないでしょう。


https://matome.naver.jp/odai/2138155626159397101
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65743348.html



 このようなことは、まず日本で起こるかもしれません。
 日本民族は、天主なる神の「第二の選民」である可能性が高いので、そのDNAを破壊し絶滅させたいと、悪魔とその追随者たちは考えるだろうからです。
(これについては、後日、詳述します。)

 ここに、聖母が、「秋田のこの地を選んでお言葉を送られた」(天使の言葉)意味があるのではないでしょうか。
 日本は、世界で唯一、核兵器(原子爆弾2回)の投下を受けた国であるばかりでなく、今後も受ける危険が高いのです。

 しかし、秋田のこの地で、聖母マリアは「私に寄りすがるものは 助けられるでしょう。」と約束して下さいました。

 秋田の聖母の御出現を信じ、特に、聖母マリアが共贖者なることを信じ、寄り縋り、正しい信仰に留まる者が多ければ多いほど、日本民族は助けを受けるでしょう。

 天主は新しい創造を行い給い、人々のDNAを再生されるでしょう。
 これは、世界に対する印となるでしょう。

 昔、救い主イエズスが、中風の者に「あなたの罪は赦された」(マルコ2−5)とおっしゃり、その印として、その身体をも癒されたように、この度は、共贖者マリアが、人々を霊的に助ける印として、その身体をも助け給うでしょう。

 (しかし「良い人も悪い人と共に死ぬでしょう」とメッセージにあるように、善人が、すべて生き残るという意味ではありません。民の改心のために命をお捧げする人々があっても良いのです。)



 秋田での、最も重要でありながら、ほとんど知られていないメッセージ、
101回の涙の意味、

1人の女(エワ)によって滅びが、
1人の女(マリア)によって救いが、
この世界に訪れた、

と、いうことを 強調するために、聖母マリアは、母としての御助けと干渉を、ファチマ101周年に、始められるような気がしてなりません。


 そして、その御助けは、時の終わりが近づくにつれ、ますます大きなものとなるでしょう。

 終末の天罰について、黙示録には多くの記述がありますが、例えば、「獣の印を持つ者に、悪性の腫物ができた」などのように、終わりが近づくにつれ、その多くは悪に付き従う者たちに限定されていきます。
 


 聖母マリアは、良き子供たちのための艱難時の助けを示すために、秋田のメッセージと奇跡を与えて下さいました。
 聖母の子供たちは、何も心配する必要はありません。


秋田の聖母像2.jpg


 秋田の聖母の御出現は、ファチマのメッセージの完結、結末、解決として、最後の切り札として、信じる人々のために与えられました。

 聖母マリア像の涙は、小さく見えますが、創造主なる神のみが行える本質的な奇跡なのです。
 そしてこれは、将来の恐ろしい人類存亡の危機に際する決定的な御助けの前印でもあります。

 最後には聖母の汚れなき御心が勝利するでしょう。

 聖母がお望みになったように、愛する子供として信頼し祈りましょう。
 真の天主なる神の御前に、謙遜に跪き礼拝いたしましょう。
アーメン。なれかし。


。。。。。。。。

*1(安田神父様の著書「奇跡と涙」を参照し纏めました。)

神学者、聖トマスによると、奇跡は三種に分類される。
1。様式上の奇跡
  自然に起こりうる事柄だが、自然的手段の助けなしに起こること。(例 病人の治癒や、瞬時の物の移動など)

2。客体的奇跡
  通常、自然にはあり得ない事柄が、ある客体に起こること。(例 ナイムの青年やヤイロの娘の復活など)

3。本質的奇跡
  全く自然作用の能力によっては到達し得ない実体の全質変化が起こること。客体の本質を転換して、別種の本質とならしめること。(例 カナで水をブドウ酒に変化させたことなど)



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2017年01月12日

降誕節に聖家族の苦労を偲ぶ


epiphany-003.jpg


 商店街のクリスマスの飾りは取り払われて、一般にはクリスマスは終わったかのようですが、実はカトリック暦の降誕節は、まだまだ続いております。
最終日は、聖マリアの御潔めの祝日(2月2日)です。

御公現の祝日の後は、家では、馬小屋の飾りに三賢人を加えて、雰囲気を出しています。

降誕節の間、聖家族の御苦労に想いを馳せるのも良いと思います。


聖家族の旅.jpg



 ベトレヘムへの旅よりもエジプトへの逃避行はさらに厳しく、普通に考えて、乳児を連れた貧乏な若夫婦がベルサベ砂漠を越えてカイロまで、たどり着けるものではないように思われます。

「鳥が食べ物を運んできた」とか、
「オアシスで高いヤシの木が主の御前に屈んだのでココナッツの実が取れた」とか、
いろいろな逸話が残っているようですが、そのような奇跡でもないと、ラクダに備蓄食料や水を積んだキャラバン隊でもないのに、砂漠の横断はとても無理だということなのでしょう。


聖家族の旅の地図.png


黙想の助けになる部分を「神の都市」から、引用してみます。
ご参考になれば幸いです。


。。。。。。。。



エジプトへの逃避行 

 僅かな身の回りの物を箱に詰め、ロバの背に乗せ、真夜中を少し過ぎてから 聖家族は エジプトへ急ぎました。

 暗い静かな夜、聖マリアと聖ヨゼフは 信仰と希望に強められ、旅をしました。しかし、御子に対する愛情のため、色々なことが心配になりました。この長旅に何が起こるか、いつまでかかるか、エジプトでの生活はどうなるのか、見ず知らずの人たちとどうやって付き合うか、御子を育てるのに助けてもらえるか、それにしてもこの旅を御子がどうやって乗り切るかなど、見当もつかなかったのです。
 しかし、一万位の天使たちが人間の姿になって現れ、聖家族を元気づけました。

 ガザの町に着いて 二日間休みました。御母と御子を乗せたロバも 聖ヨゼフも 疲労困憊の極みに達したからです。そこで会った聖エリザベトの僕に、聖エリザベトに伝言する以外、誰にも自分たちの居所自分たちの居所を口外しないように言い含めました。
。。。
 聖マリアも聖ヨゼフも、自分たちの故郷や旅の目的について一言も話しませんでした。もしも一般の人たちに知られたら、ヘロデ王のスパイたちに注目されるかもしれなかったのです。

 ガザについて三日目、この聖なる巡礼者たちは エジプトに向け出発しました。まもなく、パレスチナの人の住める地帯を過ぎ、ベルサベの砂漠に入りました。ヘリオポリス、つまり現在のエジプトのカイロまで約270キロあります。砂漠を何日間も歩くのは辛いことですが、何も避難できる所がないのはもっと辛いです。色々なことが砂漠の旅の途中で起こりました。聖マリアも聖ヨゼフも 不平不満を言いませんでしたが、聖マリアは自分のことよりも もっと、御子と聖ヨゼフのことが気がかりになり、聖ヨゼフは 御子と聖マリアの苦難に対し 何もできないことが悲しくなりました。

 この270キロの砂漠の行程の間、大空と涯しない空間があるだけで、避難できるような所はありませんでした。この旅は二月、御潔めの日から第六日目に始まりました。
 砂漠の砂の上に座り、御母は御子を抱きかかえ、聖ヨゼフと一緒にガザから持ってきた備蓄食料をいただき、御子に哺乳しました。夜中、一万位の天使たちが人間の姿となって聖家族を守りました。


エジプトへの逃避行.jpg




 御子は 御自身の苦労を御母と聖ヨゼフの苦労に合わせ、永遠の御父に捧げました。御母にはそのことが判りました。御子の就寝中、御母は目覚めており、天使たちと話しました。
 聖ヨゼフは 箱を枕にして 砂の上に寝ました。

 翌日、旅している間に 残っていた少しばかりの果物とパンはじきに食べつくし、聖家族は空腹になり、とても困りました。夜の九時までは何とかなりましたが、食物なしにはもうこらえ切れなくなりました。
 食物を得る当ては全くありませんでしたので、御母はお願いしました、「永遠、偉大にして強力なる神、素晴らしく富める御身を祝し、感謝します。何の価値もない私、塵であり役立たずの私に 生命をくださり、私を生き永らえさせて下さることを感謝致します。何もお返しできないのに、お願いしたいことがあります。御身の御独り子のことをお考え下さい。御独り子を助けるため、私と夫の命を保つために必要な物をお与え下さい。」

 このお願いがもっと切実になるように、いと高き御方は自然が今まで以上に、過酷に聖家族をいじめることをお許しになりました。暴風と豪雨が聖家族を覆いましたが、御子は風雨に打たれ、泣き、寒くて震えました。心配な御母は、やっと被造物の女王としての力を発揮し、創造主なる御子に害を与えず、避難所と食物を与えるように命令し、自分だけにはどんなに辛く当たってもよいと申し渡しました。直ちに暴風雨は弱まりました。幼児イエズスは、天使たちに最愛の御母を守るよう命じました。

天使たちは、人となった神、御母と御母の夫を包む輝く美しい球を作りました。この事態は旅行中、四、五回起こったのです。聖家族は食物その他にも窮乏していましたので、御母は祈願しました。主は天使たちに命じ、おいしいパン、味つけの良い果物や飲物を持ってこさせました。天使たちは、時を移さず貧者に食物を施す主を賛美しました。
この三人の放浪者たちが助かったこの砂漠は、カザベルから逃げたエリアが天使が持って来たパンで助けられ、ホレブ山に辿り着くまで歩いたベルサベの砂漠です。

 こうして幼児イエズスは、御母と聖ヨゼフと共にエジプトの人々の住む地域に到着しました。
。。。。。。。

 元后の御言葉

御子が受肉した瞬間から、この世に於いて苦労し続けました。御子や私を見習い、苦労を忍びなさい。
 そうすれば、主の流血により救われる人々の数を増やせます。労働、困難、辛さや悲しみを抱きしめ、主を見習いなさい。

「神の都市 尊者アグレダのマリアの記録」 甲斐睦興訳 (昇る旭日の聖母会監修・発行)152〜155ページより引用


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2016年12月30日

苦労の多いマリア様の人生


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 クリスマスカードを見ると、どれも牧歌的な美しいものですが、聖家族の実際の生活は、貧しく苦労の多いものだったのだろうと、つくづく思います。

 特に、この人口調査のための旅と、エジプトへの逃避行は、困難を極めたものだったことでしょう。
 すでに臨月のマリアが、ロバに乗って旅をするのは、どれほど疲れることだったでしょうか。

 考えてみれば当たり前なんですが、背もたれもないので、座っているとはいえグラグラ揺れるロバの背で、長時間、自分の体を支え続けなければなりません。
 (このことを黙想して、大阪から東京までの新幹線で、座席の背にもたれない犠牲をお捧げするのは如何でしょう? 私にはとても無理ですが。)

 地図を見ると、この旅路がどれほどの長距離だったかがよくわかります。ナザレトから、ベトレヘムまで、約60マイルくらいはありそうです。約100キロの道のりですよ、聖ヨゼフ様は、ロバを引いて徒歩で。

 ベトレヘムに着いた時は、疲労困憊していたことでしょう。



イスラエルの地図.jpg
新約時代のイスラエル付近の地図
上の方の青い部分がガリラヤ湖、そのそばにナザレト
ずっと南に下って死海のそばにエルサレム、そのすぐ南にベトレヘム




「神の都会」から その様子を少し引用したいと思います。

 人の目から見れば、貧しい田舎者だったヨゼフとマリアが、人々から邪険に扱われる様子に胸を締め付けられます。
 もちろん当時の人々は、マリアが神の御母とは知らなかったのですが、「この小さい人々のひとりにしたことは、私にしたことである」とおっしゃったイエズス様の言葉は、本当にそのまま当てはまっていますね。


。。。。。。。。。。。。
(引用ココから)

 当時、世界の大部分を占領したローマ帝国は、人々に税を納めさせるため、出身地に行き登録するように命じました。このことを外出先で聞いた聖ヨゼフは、悲しそうな顔で家に戻り、聖マリアに報告しました。
 聖マリアは答えました、「どうぞ心配しないでください。私たちに起こる全ては天地の王なる主により命令されています。全てに於て御摂理が私たちを助け、導いて下さいます」(シラ22・28)。

(中略)...

 二人は出発の日を決めました。聖ヨゼフは 世界の女主人を乗せるロバを探しにナザレトの町に出かけましたが、他の人たちもロバが必要なので、なかなかロバが見つかりませんでした。やっと見つけたロバはありきたりのロバでしたが、御母と御子を運ぶという大任と幸福を頂いたロバです。

 二人は旅の必要品を五日分準備しました。聖マリアは、御子の出産のための布や産着を持っていくことにしました。二人の旅姿は貧しく見すぼらしいものでしたが、永遠なる御父の無限の愛に値する御子と二人は、天使たちから崇められました。
 自然は新約の生ける真の聖櫃(ヨシュア3・16)を認識しました。ヨルダン川は水を左右に分け、二人とその後に続く天使たちに道を開けました。天使たちは総数1万位で、聖マリアには見えました。多数の太陽よりももっと輝いていました。その他に御父と御母の間を行き来している天使たちも参加しました。

 しかし、皇帝の命令で旅してきた人たちが旅籠屋に集合している様子は、聖マリアと聖ヨゼフにとり、大変不快で困らせました。二人が貧しくおどおどしていたので、他の人たち、特に富者よりも冷遇されました。どの旅館からも次から次に叱りつけられました。旅で疲れ切った二人はそっけなく断られるか、廊下の片隅か、もっとひどい所をあてがわれました。
 そんな所に天地の女主人が留まると、天使たちは最高の王と女王の周りを固め、警護にあたりました。聖ヨゼフはそのことを知り安心し、聖マリアに休むよう勧められ、その間、聖マリアは天使たちと話をしました。

 このように苦労しながら、二人がベトレヘムに着いたのは第五日目、土曜日の四時でした。

 冬至の時で、太陽は沈みかかり、夜のとばりが落ちてきました。二人は街に入り、一夜の宿を探しながら、たくさんの道を通りました。知人や親戚の家に行き、断られ、ののしられました。もっとも謙遜な女王は、人混みの中を家から家へ、戸口から戸口へ、夫の後についてまわりました。

 人々の心も家も二人を締め出していると知っており、身重の自分を衆目にさらすのはもっと辛いことでしたが、夫に従い、この恥を忍ぶことを望みました。
 街をさすらいながら、人民登録の役所のところに出てきました。名前を登録し、献金しました。

 その後も家々を訪ねました。五十軒以上も回ったのに、全て無駄足に終わりました。聖マリアの忍耐と温和、それにひきかえ、人々の頑なな心に天使たちはあきれ返ってしまいました。

 追い払われ、心臓が破れそうになった悲しい聖ヨゼフが 妻の所に来たのは夜の九時でした。(*ベトレヘムについてから5時間経っているー管理人注)

「私の最も甘美なる貴婦人、私の心は悲しく、裂けそうです。御身を泊める所を探せず、厳しい天候から御身を守れません。疑いもなく、天は秘密を隠しています。ところで、市の城壁の外に洞穴があるのを思い出しました。羊飼いたちや羊たちのための避難所です。そこへ行ってみましょう。天は地が与えてくれなかった助けを与えるかもしれません。」

 最も思慮深い聖マリアは答えました、「私の御主人様、このような事態になったことを私の胎内にいる神に感謝して下さい。御身のおっしゃる所は私にとり最善と思われます。御身の悲しみの涙は喜びの涙に変わるでしょう。貧乏は私の至聖なる御子の計り知れない貴重な宝です。貧乏を抱きしめましょう。喜んで主の御導きになる所へ参りましょう。」

 聖なる天使たちは、道を明るく照らしました。城壁の外の洞穴は空になっていました。二人は主に感謝しました。
 
 。。。。

 王の中で最高の王、主の主が永遠の御子の生れるために選んだ所は、最も貧しい洞穴でした。どんな旅人でも考えつかなかった宿泊所ですが、謙遜と貧乏の先生である我らの救い主と御母にとって望まれた場所です。何もなく荒れ果て見すぼらしい所が光の最初の神殿となり(詩篇12・4)、輝く聖マリアの心から出る正義の太陽の家となりました。


「神の都市」甲斐睦興訳 (昇る旭日の聖母会監修・発行)
 130〜134ページより引用

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