2016年12月26日

ご降誕祭2016


クリスマス馬小屋.jpg



+聖主のご降誕祭、おめでとうございます。

昨日は、家族揃って、深夜ミサに与りました。
オーストラリア、パースの聖ピオ十世会の教会です。

やはり、深夜ミサに与るとクリスマスの気分になります。
毎年、うちの教会では、ミサの前に一時間キャロルを歌います。

今年は、ほんの10日前に叙階された新司祭、ニコラス・スタモス神父様が、うちの教会を訪れてくださり、深夜ミサを捧げてくださいました。
ささやかな、小さな教会にも、大きなお恵みを届けていただき、感謝します。


聖十字架神学校の叙階式2016.jpg

2016年12月15日の叙階式の様子



3人の新司祭のうち、向かって左がスタモス神父様です。

オーストラリアの聖十字架神学校の叙階式の写真アルバムはコチラ
http://www.holycrossseminary.com/slideshows/priesthood2016.htm



ミサの後は、「新司祭の特別な祝福」を一人一人に与えて下さいました。
平和と喜びで満たされています。

幼子イエズス様の愛と祝福が皆さまの上に、たくさん注がれますように。
どうぞ良い降誕節をお過ごしくださいませ。


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2016年12月09日

昨日は童貞聖マリア様無原罪の御宿りの大祝日でした


MiraculousMedal.jpg

 無原罪の聖なるお方を、限りなく仰ぎ慕うのに、遠慮する必要は全くありません。
 我々の手本イエズス様の、御母への孝愛の度合に達することなど、決してあり得ませんから。

聖マキシミリアノ M コルベ



。。。。。。

昨日は、
✨童貞聖マリア様無原罪の御宿りの大祝日✨でした。

 残念ながら、御ミサには与れませんでしたが、家族でロザリオを唱えました。


 うちの教会は、平日だと、車で一時間くらいかかります。
かなり時間がかかりますが、主に信頼してお捧げするべきなのか。。。悩むところです。
 大祝日なので、ミサに与るよう、もっと努力すべきだったか。。。。とも思いますが、
一昨日は、ミサに与れたので良しとしたいと思います。


ところで、今日は、私の父の 90歳 のお誕生日です。
どうぞお祈りくださいませ。

。。。。。。。。

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2016年11月01日

諸聖人の大祝日おめでとうございます。2016


✨諸聖人の大祝日、おめでとうございます。✨

この祝日について上手に説明してあるビデオをどうぞ。
聞きやすいので、英語の聞き取りにシャレンジしてください。(^^)
(youtubeのページに行くと、映像の下にナレーションとほぼ同じ英語の文章があり参考にはなります。が、全く同じではありません。別のパラグラフも追加されていたり、一部オミットされていたりしています。)






11月1日は、有名な人も無名な人も含めた「すべての天国にいる聖人たち」の大祝日です。
カトリック信徒は、可能ならば守るべき祝日の義務(ミサ)を果たさなければなりません。

11月2日は、まだ天国に至っていない「すべての霊魂の祝日」です。
守るべき祝日ではありませんが、司祭はこの日に、煉獄の霊魂のために3度ミサを捧げることができ、信徒もミサに与り亡くなった方々のために祈ることが勧められています。

ビデオの後半は、各国の祝日の様子です。

日本では、平日なので、ミサに与れない方々も多いと思います。
諸聖人の祝日が、いつの日にか、日本の祝日🎌になるといいですね。

2日は、ミサに行けないならば、ご自宅でロザリオを唱えるなど、煉獄の霊魂のためにお祈りいたしましょう。


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2016年08月15日

聖母マリアの被昇天祭おめでとうございます。2016

聖母の被昇天.jpg


 +聖母マリアの被昇天祭おめでとうございます。

 昨日は、聖マキシミリアノコルベ神父様の祝日で、うちの教会では「汚れなき聖母の騎士会」の入会式がありました。ジョンソン神父様はじめ、数十人の方が入会されました。

 ふと見ると、うちの夫も、そして意外なことに長男も、入会していました。(って他人事みたいですが、私は、こういうことは、自発的に進んで参加しないと意味ないかも、と思っているので、あまりムリに勧めないタイプ。で、当日まで知らなかった)。

 そういえば、長男の堅信名は、マキシミリアノなんですね。


 神父様のお説教が、とても良かったです。

「私たちが、『幸いな方』、『祝された方』と、聖母マリアを讃えるたびに、2000年以上前のマグニフィカトの言葉、『今よりのち、万代(よろずよ)の人々は、私を幸いなものと呼ぶでしょう。全能者が私に偉大なことをなされたからです。』という聖書にある聖母ご自身の預言を実現しているのです。」


本当にそうですね。
聖体奉仕会の祈りの最後の部分;
幸いなる御母よ、御身の御子より引き離さるるを許し給わざれ。御身のものとして守りたまえ。」


幸せな方マリア カトリック聖歌




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2016年08月12日

原爆の日の記事をシェアします


 原爆記念日の前後に、各紙にいろいろな記事が上がっていましたが、いくつか興味ふかいものがあったので、シェアします。

 以下のリンクからどうぞ。


オバマは長崎に来なかった
http://news.yahoo.co.jp/feature/284


被爆マリア像と1千人がたいまつ行列 長崎
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160809004991.html




被爆マリア像.jpg
旧浦上天主堂に置かれていたマリア像(レプリカ)



被爆の像.jpg
旧浦上天主堂の周囲に配置されていた聖像



浦上天主堂.jpg
再建された浦上天主堂



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2016年07月22日

誘拐されたトマス神父様のために祈りましょう⑵


 今年3月4日に、イエメンのアデン(Aden, Yemen )で起こったISIS によるカトリック老人施設への襲撃で、マザーテレサの会の修道女4人を含む16人が殺害されました。
 その際、カトリック司祭トマス・ウズナリル神父様( Fr. Thomas Uzhunnalil )が誘拐され、ずっと安否が気遣われておりました。


元記事と事件の詳細はコチラ
http://akitadiary.seesaa.net/article/435805860.html?1469156825


 事件の直後に、ネットなどに流れた情報は誤りであるとのことで、「聖金曜日に磔にして殺す予定」とか、「トマス・ウズナリル神父様が亡くなった」といった言及はしていない、と、情報源とされたオーストリアの枢機卿様は否定しています。


 一昨日、3ヶ月以上経って、事件後初めて、トマス神父様とみられる人の写真がフェイスブックに上がって注目されています。フェイスブックに誰が載せたのかは現在のところ不明です。

 神父様の家族は、その写真を見て、「トマス神父にまちがいない」と言っているそうです。



トマス神父.jpg
左は誘拐前のトマス神父様。
右はフェイスブックに乗ったトマス神父様とみられる写真。



 トマス神父様が、無事に帰ってこられるか、殉教の冠をいただくのか、いずれにしても、聖主と聖母のご加護を心から祈っております。心配です。

 共にお祈りいたしましょう。



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2016年04月05日

お告げの祝日に(聖主の愛を信じるキリスト者は幸い)


お告げのマリア.jpg




 カトリック教会の典礼カレンダーでは、3月24日が聖ガブリエルの祝日、3月25日がお告げ(受胎告知)の祝日となっております。

 今年は、3月25日が聖金曜日に重なってしまったので、復活祭のオクターブ(一週間)が終わった後の月曜日、つまり昨日がその代替祝日になりました。

 私たちは、この日を大祝日として喜び記念します。

 なぜなら、この日、ガブリエルの「アヴェ 恩寵に満ちた方」という挨拶と「あなたは身籠って子を生む。その子をイエズスと名づけなさい。それは偉大な方で、いと高きものの子と言われます。」「聖霊があなたに降り、いと高きものの力の影があなたを覆うのです。ですから、生まれる子は聖なるお方で、神の子と言われます。」という言葉を受けたマリアが「お言葉のとおり、この身になりますように。」と拝諾した瞬間に、天地の創造主、神なるキリストは人間となり、この世に来られたからです。

 この瞬間に、私たちの救いの歴史が始まりました。

 ところで、以前、イスラム教の素朴な人と話したときに、「イエズスは血がある。血は汚いでしょ? だからイエズスは神じゃない。」と、言われたことがあります。
 イスラム教は、イエズスを救い主なる神と認めず、預言者の一人と見るのです。無限に偉大な神が、私たちと同じ血肉を持った人間となる、ということが信じられないのです。
 言い換えれば、神が人間の救いのために天から降る程の大いなる謙遜と愛が、信じられないのです。


 神なる主イエズスは、どれほど大きな愛を私たちに注いでくださったことでしょうか。
 普通には考えられない、驚天動地、信じられないほどのことなのです。

 この大きな愛を、恵みによって信じられる私たちキリスト者は本当に幸いです。
 信じた者のみが、この愛に満たされて真の命に到達することができるからです。


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