2015年12月10日

プロテスタントでは「聖母マリアの無原罪」を「彼母の神々しき潔白」と呼ぶ?


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 興味深いプロテスタントからの一つのご意見を引用してみます。


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引用ココから

 しかしイエズスのある所には母マリアがいなくては納まらぬ。子をまことに愛する以上、その母をも慕わぬ訳には行かぬ。マリアを求むる叫びは、果然空虚になったプロテスタント教会から起こってきた。
 私は英国滞在中、いわゆる改革者の熱心が破戒した古い教会のマリア像が新しく復旧されたのを見たのは、一再に止まらなかった。 。。。。
これは、戦争終了後1919年11月19日の祈祷日にマックス・ユングニッケルがベルリンの日刊新聞に寄稿した論文から抜粋したものである。



「福音教会は冷たくなった。。。。誰がこれを温めてくれよう。。。。

我等は母マリアを連れ戻さねばならぬ!
これは決して大胆な希望ではない。

ルター自身すら、これを認めてくれよう。
彼はヴァルトブルグで、マグニフィカト(*1)注釈を書いたのではなかったか。

いとも祝福せられ給える、やさしき神の御母は、荒波を分けいった彼の心の方舟の上の鳩のごときものではなかったか。

我等は御母マリアを連れ戻さねばならない!。。。しこうして我等は、彼母の里帰りを祝おうではないか。
然り、御母は遂に我等の教会にも帰り給うた。
我等は彼母に向って祈り、かつ歌わん事を欲する。

また彼母の神々しき潔白を、教理問答の中にも編み込まん事を欲する。。。。我等に欠くるものは、御母マリアである。
我等は彼女を連れ戻さねばならぬ。

かくて彼女は、我等の教会の冷き石の中から、薔薇の花の様に咲き出ずるであろう。

Ich grüsse dich, holdselige Mutter! 」

(カトリックの信仰 講談社学術文庫 356〜357ページより引用)

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(*1)マグニフィカトとは、天使の告げによってエリザベトの懐妊を知ったマリアが手伝いのために彼女を訪れた際、神の御子の託身を直感したエリザベトの祝辞に答えて述べた賛歌のことです。
 
 御参考迄に、以下 バルバロ訳新約聖書より「マグニフィカト全文」と、カトリックの信仰より「ルターの注釈」を引用しておきます。

 マグニフィカト

 私の魂は主をあがめ、
 私の精神は、救い主である神により喜びおどります、
 主が卑しいはしために御目をとめられたからです。 
 これから後、代々の人々は私を幸いな女と呼ぶことでしょう。
 全能者が私に偉大なことをされたからです。 
 その御名は聖く、そのあわれみは、代々敬い恐れる人々の上に下ります。
 また その御腕の力を現わし、傲る思いの人々を散らし、
 権力者をその座から下ろし、低い人々を高め、
 飢えた人を良いもので満たし、富む人を空手で返されます。
 主は御慈悲を忘れず、しもべイスラエルを助けられました。
 私たちの先祖に約束されたように、 
 アブラハムとその子孫に、いつまでも!
 (ルカ1.46〜55)


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ルターのマグニフィカト注釈

。。。。彼が1521年頃、ヴァルトブルグ滞在中に起草した
マグニフィカト注釈 (Auslegung des Lobgesanges Marias Magnificat) は、
その実ローマ教会のマリア崇敬に対する宗論書でありながら
「いとも祝せられたる童貞」、「主のやさしき御母」の讃仰、
特にマリアの信仰(もちろんルター的意味での)と謙遜と
に対する讃美の麗しき言葉を列ね、後に退けたる代祷をすら未だ拒んでいない。

 さらに使徒信教に従って、キリスト誕生後のマリアの童貞をも認め、
1522年に出版した祈禱書中には「天使祝詞」を保存したのみならず、
彼の破戒以前に属した聖アウグスチノ修道会の伝統を守って、
1527年頃迄は(当時まだ教会のドグマとして宣明せられていなかった)
「聖母の汚れなき御やどり」をすら信じていた。
。。。

(カトリックの信仰355ページより引用)



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2015年12月09日

汚れなき聖母マリアの大祝日12月8日


昨日、12月8日は
聖なるマリアの無原罪の御孕りの1級大祝日
でしたので、平日でしたが、家族と一緒に御ミサに行ってまいりました。
感謝です。

この祝日について、ミサ典書より引用します。
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無原罪の御孕(やど)りの祝日を祝ったという歴史は、東方教会では6世紀、西方教会では9世紀からのことである。

聖アンセルモとベネディクト会、ドゥン・スコトとフランシスコ会は、マリアのこの特権を常に支持して来た。
 
クレメンテ11世教皇は、1708年に、無原罪の御やどりの信心を、全教会にすすめ、1854年12月8日、ピオ9聖(教皇)によって、“聖マリアはアダムの罪の結果を身におびずして懐妊され給うた”ことを、信仰箇条として宣言された。


 神の母となるべく予定されたマリアは、一瞬たりともサタンの支配下にはなかった。 キリストの功徳の予定によって、聖マリアは、原罪なく、聖霊に満ちたものとしてやどられ、この世に生まれ出給うた。


 [ミサ聖祭]

 聖マリアのいと清き喜びと心を合わせ、聖マリアを御独子の御託身の神殿となすべく、かくも美しく汚れなく選び給うた神に感謝しよう。聖マリアは、神の上智によって永遠に選び出された。

公教会は、聖書が神の上智について語っていること、ためらうことなく聖マリアに適用する。

 聖寵に満ちみちたこの「新しきエワ」はあがない以前のあがないであり、
御民の誇りであり、喜びである。

聖マリアのこの特権に信仰を持たねばならぬ。その恩寵は、全人類に及ぶものである。




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2015年12月06日

アドヴェントリースを囲んで祈ります


IMG_1819.JPG




写真はうちのクリスマス(アドヴェント)リース。

ずいぶん以前にフィリピンで買ったものです。


ウズラが5羽ついているのは、何か意味があるのですがなんだったかな?

今年はカップ型のローソクをまわりに置きました。が、本当は長いローソクを4本立てれるようになっています。

待降節も、もう1週間が過ぎましたね。

今夜は2個目のローソクをともします。


毎日、リースを囲んで、家族で ♪ Veni Veni Emmanuel~♪ を歌って、降誕祭(クリスマス)を待ちます。








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2015年11月14日

煉国の霊魂と聖母マリア

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煉国の霊魂は、よく炎の中にいる姿で描かれています。

生前の「罪」の償いの苦しさを表しています。
(カトリックで言う「罪」とは、社会的な犯罪ばかりではなく、「思い、言葉、行い、怠り」によってなされた至らぬこと、不親切、憎しみ、聖に対する不敬、不遜や、他人や社会に悪事や不幸を望むことなども、すべて含みます。)

さまざまな霊魂の、煉国の「清め」の重さと期間は、死の直後の私審判のときに、定められます。
神様によって定められる「判決」は、誰も変えることはできません。


が、「恩赦の約束」はいろいろあるようです。

たぶん最も良く知られているのが、茶色のスカプラリオの「土曜特典」というものではないか、と思います。

ちょっと引用します。
。。。。。

茶色のスカプラリオには"土曜特典"といわれるものがあります。

祝せられた童貞は、1322年3月3日、教皇ヨハネス22世に御出現になられ、伝えられました。
「あなたは次のキリストの代理者となるでありましょう。あなたが教皇になります時、"土曜特典"を知らせる事が私の望みです。"土曜特典"によって私達は霊魂を死後の最初の土曜日に煉獄から解放する事が出来ます。それには三つの条件があります。

第一に、スカプラリオは最初に、授ける司祭によって祝別される事。

第二に、日夜常にスカプラリオ(もしくは教皇聖ピオ10世によって許可されたイエズスの聖心とカルメル山の聖母の代用のメダイ)を着用する事。

第三に、各自の立場(既婚・未婚)において貞潔を守る事。また日々ロザリオ、もしくはスカプラリオを授ける司祭が定めた祈り(一般的には毎日10回天使祝詞を唱える)を行う事です。」

そうして15世紀に、スカプラリオにこの"土曜特典"が加えられました。

しかし後に我らの御母は、福者聖母のドミニコに啓示されました。
「私のスカプラリオは数多く着用されておりますが、少数の者だけが三条件を満たしております。」

http://hoarun.web.fc2.com/PrayRosary.htm 
上記リンクより引用

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3番目の条件や、一般の免賞を受ける際の条件があり、なかなか、「死後最初の土曜日」というのは難しいかもしれません。

でも、そうであっても、聖母マリアに信心の深かった煉国の霊魂たちは、おそらく、毎週の「聖母の土曜日」には、何らかの慰めが与えられるのではないかと思います。
聖母マリアさまは、私たちが不完全であっても、それなりに良くして下さるのですから。

例えて言えば、刑務所に服役しているとき、毎週土曜には、差し入れをもって面会に来て下さる優しいお母さんがいるような感じではないでしょうか。面会室に行ければ、気も晴れるし、情報も入るし、美味しいものも少しいただけるし、という感じです。同じ服役期間でも、ぜんぜん違いますよね。

迫害の頃、3尺牢に入れられていたキリシタンが、「毎晩、美しい婦人が会いに来てくれるから寂しくない」と言っていたという話もありましたね。

聖母の子供たちは、煉国でも そのように聖母マリアさまから恩恵を受けるのでしょうと思います。



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2015年11月13日

死者の月に煉国の霊魂のために祈る


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私たち一人ひとり、皆、霊魂があります。
霊魂は、不滅です。

人は死んだ後、天国か地獄、あるいは煉国にいきます。

煉国にいった霊魂は、すでに救いが約束されていますが、まだ天国にふさわしい状態になっていないので、『清め』を受けている状態です。
この『清め』は、人によって程度の差がありますが、いずれも苦しいものです。
『清め』の期間は、死んだ直後の私審判で定められます。


私たちは、煉国の霊魂のために祈って、助けてあげることができます。
教会は、この煉国の霊魂への親切を強く勧めております。

ミサ、ロザリオ、その他いろいろな祈りや善業の功徳と免償をゆずって期間を短くすることができますし、また聖水を撒くことで慰めを送ることができます。

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ミサ典書から引用します。

公教会は、。。。。今日(11月2日に)まだ煉国で苦しむ霊魂を思いやるのである。ここに表われるのは、公教会の神秘体の教義である。

 煉国(苦悩の教会)の霊魂は、凱旋の教会のとりつぎと功徳をうけ、また同時に、この世の戦闘の教会の祈りの効果をもうけるのである。

「私の最も小さな兄弟の一人にしたことは、私自身にたいしてしたのである」というイエズスの御言葉は煉国の霊魂にも適用されねばならぬ。
われらは、まずミサ聖祭によって、煉国の霊魂を助けることができる。

 この煉国の霊魂の中には、おそらくわれらの肉身、知人、家族のあることを考え、かれらにこのミサの功徳を与えねばならぬ。

 これは、最も効果のある、また、誰でもなし得る愛の業である。


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2015年11月03日

ALL SOULS' DAY


昨日は、信仰者の死者の記念日(ALL SOULS' DAY)
でしたので、ミサに行ってまいりました。



All Saints.jpg



 最後の審判の御絵です。
 キリストから見て、右に天国へ行く人々、左に地獄へ行く人々が、描かれています。

 アビラの聖テレジアは、まだ生きている時に地獄に行く体験をしたことがあるのですが、「悪魔が人々を炭火でひどく虐めていたりする地獄の絵をよく見るが、けっして大袈裟ではない」と言っていたそうです。

なんとか天国に行進していく者の一人となりたいものです。

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死者の記念日のミサの続誦より抜粋

3。この世の墓の上に、不思議なひびきを伝えるラッパが、全人類を玉座の前に集めるであろう。

4。人間が審判者に答えるためによみがえるとき、死と自然界とはおどろくであろう。

5。その時この世をさばく、すべてのことを書き記されている書物が、持ち出されるであろう。

6。審判者が審きの座につくとき、隠されたことは ことごとく知られ、あらゆることが審かれるであろう。

9。慈悲深きイエズス、地上に御身が下り給うたのは、私のためでもあった、その日、私を亡ぼし給うな。

10。私をさがし求め、十字架の刑でもって私をあがない給うた御者よ、その労苦を空しくし給うな。

11。正義によって罰し給う審判者よ、報告すべき日より先に、私にゆるしの恩寵を下し給え。

14。。。御慈悲なる御ものよ、あわれみをもって、私を永遠の火に追いやり給うな。

15。羊の中に私を置き、牡山羊から引き離し、御右に置き給え。

16。呪われた者どもを罰し、激しい火の中に落とし給うとき、私を選ばれた者の一人して招き給え。

17。灰のようにくだかれた心をもって、ひれ伏して願い奉る、私の終わりの時をはからい給え。


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2015年11月01日

ALL SAINTS DAY!


諸聖人.jpg



諸聖人の祝日おめでとうございます。

今日は、天国にいるすべての聖人方のお祝い日です。
列聖され公式に聖人とされた人々も、そうでない無名の聖人たちも、皆一緒にお祝いします。


なので、私たち皆の霊名の聖人のお祝い日です。

私たちも皆いつの日にか天国の皆さんの仲間に入れますように。


ちょっと浮かれ過ぎかも、ですが、時にはこんな曲もいいんじゃないでしょうか?

こういう歌詞が流行歌になるというのが、ほんの一昔前なんですよね。







Oh, When the saints go marching in
When the saints go marching in
Yes, I want to be in that number
When the saints go marching in

あぁ聖人たちが行進していくときに
聖人たちが行進していくときにさ
僕もその中の一人でいたいなぁ
聖人たちが天国に行進していくときに



Happy All Saints day!!!

Today is everybody's feast day!

Love you all!


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