2017年07月06日

なんでもない時間


ネイル.jpg


寒い冬の夜、暖かい部屋で長女と女子会。

長女がチョコっと塗ってくれた バルーン・ネイルもどき。?

で、 翌日、ロザリオしてる時ふと見たら、同じようなマルが並んでて、なんか可愛くて笑った。😃

お祈りも黙想も大事だけど、家族仲良く、一緒にくだらないことするのも大事、と思う。



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2017年07月02日

聖ペトロの召命(今日の福音より)

聖霊降臨後 第四の主日の福音より。

聖ペトロ.jpg


ルカによる聖福音の続誦(5ノ1〜11)

 そのころ、群集が、神のみ言葉を聞こうとして押しせまったので、イエズスは、ゲネザレトの湖畔に立ち、二艘の舟が、岸に寄せてあるのを見給うた。漁夫は舟をおりて、網を洗っていた。
 イエズスは、その内の一艘、シモンの舟にのり、少し岸をはなれよと願い、舟の中に坐って、群集に教え給うた。

 語りおえてシモンに、「沖にのり出し、網をおろしてすなどれ」といい給うた。

 シモンは答えて「師よ、我々は、夜中苦労して、なにひとつ取りませんでした。けれども御言葉にしたがって網をおろしましょう」といった。

 そのとおりにすると、おびただしい魚の群れをかこんで、網がさけそうになったので、他の舟にいた仲間に、助けにくるように合図した。来て魚を二艘の舟にみたすと、舟はしずむほどだった。

 シモン・ペトロはこれを見て、イエズスの膝元にひれふし、「主よ、私から離れてください。私は罪人です」といった。それは、彼もまた、彼と共にいる者もみな、とった魚の夥しさに驚いたからである。ゼベデオの子でシモンの仲間だったヤコボとヨハネも同様だった。

 イエズスはシモンに向って、「おそれるな、おまえは 今よりのち、人をすなどるであろう」とおおせられた。

 彼らは舟を岩につけ、すべてをおいて、イエズスに従った。
 
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<黙想>

 聖ペトロ様は、長年 この湖で漁をしてきた ベテランの漁師でした。

 そして、漁をするのに良い時間と場所も よく心得ていたでしょう。

 ですから、説教を終えたイエズス様が 唐突に、

 「沖にのり出し、網をおろしてすなどれ」 と おっしゃられても、
  
 普通なら こう言いたいところだったでしょう。

 
 「ラビ、私はあなたを 心から尊敬していますし、何でも 従うつもりです。

 でも、漁にかけちゃあ あなたは素人だ。

 きのうの夜は 一晩中、全然獲れなかったから、潮の具合は最悪なんだし、

 もう こんな 日も上がった時間になって、うまくいったためしは無いんですよ。

 もう、網も洗って片付けも済んでしまったところですから、今日はやめときましょう。

 一晩中働いて、本当に疲れているんでね。

 一休みして、また今夜、漁してみますよ。」
 とね。


 これは、普通なら、まったくおっしゃるとおりなんですが、

 ここで疲れきった身体も気力も奮起させて、

 「御言葉にしたがって 網をおろしましょう」 と 言えたところが、

 聖ペトロ様の すごいところだと思うんです。


 イエズス様の 「御言葉」 に、

 あらゆる常識と 自分の漁師としての 小さな誇りを超えて

 無条件に従ったところが...。

 これは、聖ペトロ様への 「召命のテスト」 だったような気がするんですね。


 イエズス様が、ただ普通の偉いラビではなく、

 神の御一人子であることを信じて、

 そして、その御旨がはっきりと、「御言葉」として示されたからには、

 あらゆる自然的状況に反していても、

 自分の判断や考えと違っていても、

 疲れきっていて実行するのが辛くても、

 万難を排して それに従うことが、できるかどうか。


 小さなことだけれど、確かな信仰の表明と 
 
 御旨に従う意志と実行力を 期待された聖ペトロ様は、
 
 それに 「良く答えた」 のだろうと思います。


 そのとき、イエズス様は、聖ペトロ様の召命を確認されました。

 「おまえは 今よりのち、人をすなどるであろう」と。


 修道召命を望む すべての人の内に、天主様の御旨が行われますように。

。(ブログ「奉献生活」より転載)


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2017年06月26日

天主の御母聖マリア


ヴィラノヴァの 聖トマの 美しい言葉を 引用したいと思います。


聖霊降臨.jpg

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 私は、福音史家らが、なぜマリアに関しては、ほんの僅かしか書かぬのか、不思議に思った。

 その誕生について、又、教育、日常生活、習慣、御子との暮らし、御昇天後の使徒たちとの関係、等々。どういうわけで「マリア言行録」というような本を書いてもらえなかったのか。

 その疑問い対する答えは、ひとつしか思いつかない。すなわち、「聖霊の おはからいに由る」と。


。。。彼女の伝記としては、

 「彼女から イエズスは 生まれ給うた」

の 一語で充分である。それ以上 何を望むのか。

 神の母である、という事だけで、万事 言い尽くされるではないか。

 神の母!

 この一語は、どれほどの美、どれほどの徳、どれほどの恩寵と栄光を思い起こさせることか!

 故に、聖霊は、すべてを言い表す一語を示された後は、部分の表明は、無用とされたのである。


聖母子マリア.jpg


(虹のたより 2000年8月15日号より引用)

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聖トマ(ヴィラノヴァ)(1488~1955)
祝日: 9月22日
略歴: トマは、スペインのヴィラノヴァに生まれた。アルカラで勉強した後、サラマンカ大学で道徳神学を教え、1516年にアウグスチノ会に入り、司祭となった。管区長として、多くの宣教師を新大陸に送った。また、ドイツ皇帝カール5世の聴罪司祭として相談に乗り、1544年にヴァレンシアの大司教となってからは、教区内の教会改革をするとともに、貧しい人たちの救済に努め、学校・病院・施設を建てた。アウグスチノ会の学問研究の保護者といわれる。(Laudate 聖人カレンダーより)


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2017年05月05日

明日5月7日,東京でシュテーリン神父様の御ミサがあります.


今年も、秋田巡礼に、行ってまいりました。
恵み溢れる巡礼でした。

巡礼中のシュテーリン神父様の講話は、力強く、すばらしく、秀逸でした。
神父様は、アジア管区長としての大きな霊的責任と、管区内の学校運営や慈善事業の責任も負っておられます。非常にお忙しい中、全世界の聖伝の「無原罪の聖母の騎士会」の長として、その普及に尽力されています。聖母を愛する聖なる司祭です。

明日の日曜日、5月7日には、その生ける聖人の様なシュテーリン神父様が、東京のミサ会場においでになり、10時半に、ごミサを捧げて下さいます。午後2時半から講話もあります。
この機会を逃さず、ご参加なさいますよう、皆さまに心からお勧めいたします。
私も、参加いたします。

次回は、未定です。

以下は、小野田神父様のブログのお知らせより引用です。
詳しく知りたい方はご参照ください。
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来る主日には、ファチマの聖母について、長い間研究し、数冊の本を書いたシュテーリン神父様のお話を聞きに来て下さい。

場所:東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図) 「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

日時:5月7日(主)午前10時半 ミサ聖祭の説教
          午後02時半 ファチマの聖母についての講話

「イエズスはこの世界に私の汚れなき御心への信心を打ち立てることを望んでおられます。この信心を実行する人に私は救いを約束します。これらの人々の霊魂は天主の玉座を飾るために私によっておかれた花のように、天主にとって大切なものです。」(ファチマの聖母1917年6月13日)

【追加のお知らせ】

5月7日(主)には、ミサ聖祭が2回あります。午前8時と、午前10時半のミサです。

午前8時のミサが終わった後、よりよく歌ミサで歌うことが出来るために、聖歌隊は「復活後第3主日」のグレゴリオ聖歌のリハーサルをする予定です。
できるだけ多くの方々が聖歌隊と一緒に聖歌を歌うことが出来るように望んでおります。そこで、リハーサルにもご参加なさることをお招きいたします。

       午前8時     ミサ聖祭(読誦ミサ)
       午前8時45分頃 聖歌の練習(同時に告解もあります)
       午前10時    ロザリオ
       午前10時半   ミサ聖祭(歌ミサ)


天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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posted by テレジア at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

ご復活祭2017とイースターバスケット


イースターカード2.jpg


聖主の復活祭おめでとうございます。

神は 御一人子を与え給うほど 世を愛された。
それは、彼を信じる人々が、みな滅びることなく永遠の命を受けるためである。
(ヨハネ3−16)


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今年も、御復活祭のミサに家族揃って預かることができ、感謝しています。
聖伝の美しいミサです。

聖変化の時、御聖体拝領の時、司祭の祝福を受けるとき、私たちは皆、跪きます。

女性は皆、ベールを被り、慎ましい服装をしています。
男性は皆、長ズボンできちんとした服装をしています。


私は、西オーストラリアのパースにある 聖ピオ十世会のカトリック教会に行っております。

天地の造り主なる我らの聖主の御前に、心置きなく跪いて礼拝することができるのは、本当にありがたく、嬉しいことです。
人間として創造されて、これほどの幸せは無いと思います。

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今年も、代子の家族にイースターバスケットを送りました。

伝統的な、イースターバスケットには、復活の象徴である卵の他に、塩、焼きパン、チーズ、バター、ソーセージなどを詰め合わせ、布巾を添えます。
それぞれに象徴や意味があるそうです。


下の図は、その説明書きです。
「イースターバスケットの詰め合わせ方」



イースターバスケット.jpg





実物は、地域や家庭によっていろいろですが、こんな感じです。


イースターバスケット3.jpg



イースターバスケット2.jpg





うちの教会では、復活祭深夜ミサの後と、朝ミサの後に、司祭によるイースターバスケットの祝福があります。

家族とともに、そして信仰を同じくする愛する友人たちに囲まれて、幸せです。

私たちには、永遠の命が約束されています。
この幸いをもっともっと多くの人々と分かち合うことができますように、心からお祈り申しております。


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2017年03月30日

今年の「秋田巡礼」締め切り迫る


statue-Akita-crying.jpg



今年も、5月初旬に、聖ピオ十世会の「秋田巡礼」に参ります。

参加なさりたい方は、以下のリンク先から申し込みできます。
締め切りは3月末日、あと1日です。

巡礼中に、良き告解をなさるようお勧めします。
また、オリジナルの「無原罪の聖母の騎士会」の入会も、おすすめいたします。


コチラの詳細をご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/sspxjapan_akita_pilgrimage

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(以下はリンク先の記事転載)

第11回聖ピオ十世会公式秋田巡礼2017へのお招き
INVITATION to the 11th Pilgrimage to Akita in English

アヴェ・マリア・インマクラータ!
親愛なる巡礼者の皆様!

私たちには聖母が必要です。聖母の御要求に従う必要があります。私たちは聖母を知り、時の終わりにおける最後の戦いで、聖母がどのような素晴らしい戦略をするかを黙想する必要があります。

私たちは聖母の御出現100周年というこの特別な年に、聖母がファチマで私たちに与えて下さった計り知れない宝物を再発見しなければなりません。しかしそれ以上に、私たちは聖母にお願いして、私たちの霊魂と精神と心とに触れていただくようにしなければなりません。それは、私たちが聖母の最も深い秘密の奥底へと、聖母の最も親密な至聖所である、聖母の汚れなき御心の中に入り込むことができるためです。

しかし、どうすればこのことが起こるでしょうか?私たちの努力にもかかわらず、私たちは聖母の最も深い神秘を見い出そうと遠くに行くことができない、ということを良く理解しているのではないでしょうか?さらにひどいことには、たとえ私たちが聖母について知っていても、「聖母とは誰か?」というとことを知っている極めて少数の特権的な者の一人として属していたとしても、私たちは聖母の御要求を満たすには遙かに遠く離れているからです。

もし私たちがそれらを果たしたとしても、私たちは非常にいい加減に、気を散らして、無関心な心で、一貫性もなく行っています。私たちの霊魂のこんな二重の惨めさ、つまり聖母の偉大さと重大さとを理解できない私たちの精神の惨めさと、聖母の望みを叶えることも聖母のご要求を実現させることも出来ない私たちの意志の惨めさとをみて、私たちは一体誰の所に行くべきでしょうか?

私たちには、たった一つしかチャンスがありません。聖母の元に行くことです。それは聖母が私たちの目を開き、私たちの精神と心とを開けて下さるためです。

これがおそらく秋田における聖母の御出現の理由なのかもしれません。現代に生きる人々が、聖母が現実に一体誰なのか、聖母が現実に何をおっしゃったのか、聖母が何を言いしておられたのか、何をお望みなのか、と理解することが出来るために。

秋田の聖母の奇跡的な御像は、私たちがファチマの本当の使徒となり、インマクラータの騎士、終末における聖母の忠実な兵士になるために、聖母が私たちに与えることを望んだ、私たちの霊魂の状態の目に見える形のようです。ではこの霊魂の状態とは何でしょうか?それは、謙虚、単純、清貧、心からの完全な祈り、いとも高き天主を観想する、聖母の失われた子供たちであるあわれな罪人たちのための憐れみ深い悲しみ、などです。

秋田に行くことは、ファチマから私たちを遠ざけることはありません。その反対です。秋田では、聖母は私たちの心を準備し、聖母を発見するための最良の霊魂の状態で私たちを満たします。ファチマでは、聖母は唯一の真理に回心するために、善意のすべての人々にご自分の神秘を明らかにされます。

しかし、秋田はファチマの素晴らしい霊的準備であるだけでなく、その結論であり結果でもあります。秋田では、私たちは聖母に従うことを学び、聖母の汚れなき御心から光出る光線で世界に浸透します。私たちは、ファチマのメッセージを世界に、具体的にはアジアに、もっと具体的には日本にもたらします。

すると私たちは何を見るでしょうか? 聖母自身が、ご自分の使徒たちを歓迎し、私たちの使命の成功を保証するために私たちを秋田でお待ちでいらっしゃいます。

秋田で祈り、私たちは、すべての巡礼者に、特に日本からの巡礼者の方々に、ご自分の汚れなき御心を開いて下さるよう、聖母に懇願します。聖母とともに、聖母を通して、多くの霊魂たちが天国の母親に引き寄せられ、救われますように。

従って、聖母からこれらの聖寵を受けるために、秋田に来てください。
日本において、そして日本の人々のために、私たちの天の母の失われた子供たちの多くの間で、ファチマの使徒日本となってください。


カール・シュテーリン神父

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参加について 2017
2017年01月26日 | ●巡礼の詳細(参加について)
聖ピオ十世会日本主催第11回公式秋田巡礼へのお招き

INVITATION to the 11th Pilgrimage to Akita in English

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様、

2017年5月3日(水)〜5日(金)まで、聖ピオ十世会日本は恒例の秋田への巡礼を計画しております。今年も愛する兄弟姉妹の皆様を秋田巡礼にご招待申し上げます。

2017年の秋田巡礼は小さな巡礼ですが、ファチマの巡礼への準備として、5月13日の準備として大切な位置にあると思います。

今年も森林に囲まれた巡礼に極めてふさわしい宿泊施設を使うことになりました。

お部屋は全てバス,トイレ付きで、シングル,ツイン,和室があります。

皆様もご存じの通り、5月は宿泊施設などがすぐに満席になるので、早いうちから部屋を確保する必要があります。

そのために遅くとも3月末までに皆様からの予約をいただこうと思っております。ご理解とご協力をお願いいたします。

今年も、アジア新管区長のシュテーリン神父様が随伴して下さり、小野田神父と共に2名の聖ピオ十世会司祭が同行します。

私たちの毎年の巡礼が多くの実りを持って実施されるためにも、祈りと犠牲との精神と、愛徳と従順の精神で、多くの愛する兄弟姉妹の皆様が参加されることをお待ちしております。

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


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2017年01月02日

+2017年、あけましておめでとうございます。


+2017年、あけましておめでとうございます。

元日は、カトリックの聖伝の典礼暦では、御降誕から8日目なので「主の御割礼」の祝日です。


主の割礼.jpg


本日の聖福音
ルカによる福音の続誦(2ノ21)

そのとき、幼児に割礼をほどこすべき八日が満ちたので、まだ胎内に宿らない前に天使が言ったとおり、その名をイエズスと名づけた。

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(ミサ典書より引用ココから)


一月一日
主の御割礼の祝日と御降誕の大祝日の八日目(ニ級大祝日 白)

 新しい年の初めの本日は、守るべき祝日ではないけれども、(今年は日曜日なので主日の義務としてミサに与る日〜*管理人注)典礼にあずかって本日を聖とすることがのぞましい。
 
 われらには、過ぎ去った1年の為に神に感謝し、来るべき1年の為に恩寵を願う必要がある。

 新年を迎えてよろこぼう。今年も、主の年である。

 あるいは、今年 誰かは、キリストを見奉るために、永遠の国に行かねばならないかもしれないことを忘れてはならぬ、本日、おめでとうを、信者同士の愛徳の表れとして、心から語り合い、その言葉を実践しよう。

「毎日のミサ典書」ドンボスコ社発行(1969年第13版)より引用

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今年は、ファチマの聖母の御出現から100周年にあたります。

聖母のお望みが果たされないまま100年を迎える今年は、フランス王の後悔を例に、天罰を心配する声もあります。

御母マリアに寄りすがり祈ると同時に、平常心で日々の務めを果たしたいと思います。

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