2016年11月01日

諸聖人の大祝日おめでとうございます。2016


✨諸聖人の大祝日、おめでとうございます。✨

この祝日について上手に説明してあるビデオをどうぞ。
聞きやすいので、英語の聞き取りにシャレンジしてください。(^^)
(youtubeのページに行くと、映像の下にナレーションとほぼ同じ英語の文章があり参考にはなります。が、全く同じではありません。別のパラグラフも追加されていたり、一部オミットされていたりしています。)






11月1日は、有名な人も無名な人も含めた「すべての天国にいる聖人たち」の大祝日です。
カトリック信徒は、可能ならば守るべき祝日の義務(ミサ)を果たさなければなりません。

11月2日は、まだ天国に至っていない「すべての霊魂の祝日」です。
守るべき祝日ではありませんが、司祭はこの日に、煉獄の霊魂のために3度ミサを捧げることができ、信徒もミサに与り亡くなった方々のために祈ることが勧められています。

ビデオの後半は、各国の祝日の様子です。

日本では、平日なので、ミサに与れない方々も多いと思います。
諸聖人の祝日が、いつの日にか、日本の祝日🎌になるといいですね。

2日は、ミサに行けないならば、ご自宅でロザリオを唱えるなど、煉獄の霊魂のためにお祈りいたしましょう。


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2016年08月15日

聖母マリアの被昇天祭おめでとうございます。2016

聖母の被昇天.jpg


 +聖母マリアの被昇天祭おめでとうございます。

 昨日は、聖マキシミリアノコルベ神父様の祝日で、うちの教会では「汚れなき聖母の騎士会」の入会式がありました。ジョンソン神父様はじめ、数十人の方が入会されました。

 ふと見ると、うちの夫も、そして意外なことに長男も、入会していました。(って他人事みたいですが、私は、こういうことは、自発的に進んで参加しないと意味ないかも、と思っているので、あまりムリに勧めないタイプ。で、当日まで知らなかった)。

 そういえば、長男の堅信名は、マキシミリアノなんですね。


 神父様のお説教が、とても良かったです。

「私たちが、『幸いな方』、『祝された方』と、聖母マリアを讃えるたびに、2000年以上前のマグニフィカトの言葉、『今よりのち、万代(よろずよ)の人々は、私を幸いなものと呼ぶでしょう。全能者が私に偉大なことをなされたからです。』という聖書にある聖母ご自身の預言を実現しているのです。」


本当にそうですね。
聖体奉仕会の祈りの最後の部分;
幸いなる御母よ、御身の御子より引き離さるるを許し給わざれ。御身のものとして守りたまえ。」


幸せな方マリア カトリック聖歌




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2016年08月12日

原爆の日の記事をシェアします


 原爆記念日の前後に、各紙にいろいろな記事が上がっていましたが、いくつか興味ふかいものがあったので、シェアします。

 以下のリンクからどうぞ。


オバマは長崎に来なかった
http://news.yahoo.co.jp/feature/284


被爆マリア像と1千人がたいまつ行列 長崎
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160809004991.html




被爆マリア像.jpg
旧浦上天主堂に置かれていたマリア像(レプリカ)



被爆の像.jpg
旧浦上天主堂の周囲に配置されていた聖像



浦上天主堂.jpg
再建された浦上天主堂



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2016年07月22日

誘拐されたトマス神父様のために祈りましょう⑵


 今年3月4日に、イエメンのアデン(Aden, Yemen )で起こったISIS によるカトリック老人施設への襲撃で、マザーテレサの会の修道女4人を含む16人が殺害されました。
 その際、カトリック司祭トマス・ウズナリル神父様( Fr. Thomas Uzhunnalil )が誘拐され、ずっと安否が気遣われておりました。


元記事と事件の詳細はコチラ
http://akitadiary.seesaa.net/article/435805860.html?1469156825


 事件の直後に、ネットなどに流れた情報は誤りであるとのことで、「聖金曜日に磔にして殺す予定」とか、「トマス・ウズナリル神父様が亡くなった」といった言及はしていない、と、情報源とされたオーストリアの枢機卿様は否定しています。


 一昨日、3ヶ月以上経って、事件後初めて、トマス神父様とみられる人の写真がフェイスブックに上がって注目されています。フェイスブックに誰が載せたのかは現在のところ不明です。

 神父様の家族は、その写真を見て、「トマス神父にまちがいない」と言っているそうです。



トマス神父.jpg
左は誘拐前のトマス神父様。
右はフェイスブックに乗ったトマス神父様とみられる写真。



 トマス神父様が、無事に帰ってこられるか、殉教の冠をいただくのか、いずれにしても、聖主と聖母のご加護を心から祈っております。心配です。

 共にお祈りいたしましょう。



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2016年04月05日

お告げの祝日に(聖主の愛を信じるキリスト者は幸い)


お告げのマリア.jpg




 カトリック教会の典礼カレンダーでは、3月24日が聖ガブリエルの祝日、3月25日がお告げ(受胎告知)の祝日となっております。

 今年は、3月25日が聖金曜日に重なってしまったので、復活祭のオクターブ(一週間)が終わった後の月曜日、つまり昨日がその代替祝日になりました。

 私たちは、この日を大祝日として喜び記念します。

 なぜなら、この日、ガブリエルの「アヴェ 恩寵に満ちた方」という挨拶と「あなたは身籠って子を生む。その子をイエズスと名づけなさい。それは偉大な方で、いと高きものの子と言われます。」「聖霊があなたに降り、いと高きものの力の影があなたを覆うのです。ですから、生まれる子は聖なるお方で、神の子と言われます。」という言葉を受けたマリアが「お言葉のとおり、この身になりますように。」と拝諾した瞬間に、天地の創造主、神なるキリストは人間となり、この世に来られたからです。

 この瞬間に、私たちの救いの歴史が始まりました。

 ところで、以前、イスラム教の素朴な人と話したときに、「イエズスは血がある。血は汚いでしょ? だからイエズスは神じゃない。」と、言われたことがあります。
 イスラム教は、イエズスを救い主なる神と認めず、預言者の一人と見るのです。無限に偉大な神が、私たちと同じ血肉を持った人間となる、ということが信じられないのです。
 言い換えれば、神が人間の救いのために天から降る程の大いなる謙遜と愛が、信じられないのです。


 神なる主イエズスは、どれほど大きな愛を私たちに注いでくださったことでしょうか。
 普通には考えられない、驚天動地、信じられないほどのことなのです。

 この大きな愛を、恵みによって信じられる私たちキリスト者は本当に幸いです。
 信じた者のみが、この愛に満たされて真の命に到達することができるからです。


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2016年04月01日

4月の聖伝カレンダー


4月の聖伝カレンダーを作ってみました。
聖伝カレンダー4月(April).docx


復活節ですね。
聖人の祝日と略伝は以下の通りです。聖伝のものは現在のものと、少し聖人方の祝日が違うところがあります。

聖人の祝日が、日曜日(主日)や、より大きな祝日と重なったところは、そちらが優先されます。
。。。。。。。。。。。。。。。。。


4月の諸聖人の祝日

4月2日 証聖者、パウラの聖フランチスコ
 フランシスコ会の支会の一つ「最も小さき者の会」(ミニミ)を創立したパウラの聖フランチスコは、霊的父なるアッシジの聖フランチスコの謙遜と清貧とを、生涯守りつづけた。
1416年イタリアのカラブリア州パウラで生まれ、1507年4月2日、フランスのプレシ・レ・トゥールにおいて、九十一歳で帰天。1519年5月1日列聖。

4月4日 教会博士、証聖者、司教、聖イジドロ
 スペインの教会の大聖人である。西ゴート族の侵入ののち、イベリア半島における公教会の再建者として有名である。スペイン・カタルヘナの名門の出身でセビリァ大司教レアンドロ、カルタヘナ大司教フルゼンツィオの二兄、妹で修道女のフロレンティナ、みな共に聖人である。長兄レアンドロ大司教の没後、その後継者となり、セビリァの教会を約四十年間司教として治めた。該博な知識を有し、百科的著述家といわれ、その著書は中世紀に最も弘く読まれたものの一つである。生年は560年頃。636年に没した。ベネディクト十四世の時教会博士にあげられた。

4月4日 教会博士、証聖者、教皇、大聖レオ一世
 教皇、教会博士である聖レオ一世は、二十余年(440年から461年まで)、アッティラがフン族をひきいてイタリアに侵入して来た時代に、公教会を治めた聖人である。
 この聖人の外交によって、ローマは破壊をまぬがれ、アッティラは、パンノニア国に去った。教皇は、また、当時の諸異端と戦った。
 彼の説教と書簡とは、教会教父らの残した著書のうちでも、特に美しいものであり、初代教会の典礼についての、貴重な文献でもある。461年11月10日没。遺物移転の日を祝日とした。1754年教会博士にあげられた。

4月8日 童貞、福者、ユリア・ビアール
 ナミュールのノートルダム修道女会の創立者、福者ユリアは、1751年7月12日、フランスのキュピイに生まれた。彼女は、フランス革命後の混乱のときに、人々にふたたび信仰を取戻させるべく、摂理によって選ばれた聖女であった。1804年2月2日、フランス・アミアンで同志とともに、修道女会を創立した。
 二十二年間病気に苦しめられたが、瞬時も神への信仰を失うことなく、1816年4月8日、六十五歳をもってベルギーのナミュールで帰天した。この修道会の主要目的は、少女教育、公教要理を教えることである。
1906年、聖ピオ十世によって福者にあげられた。

4月13日 殉教者、聖ヘルメネジルド
 スペインの西ゴート族の王で、アリウス派の異端の支持者であったレオヴィジルド王の子であったヘルメネジルドは、セビリァ(スペイン)の大司教、聖レアンドロによって、カトリックに改宗した。
 のちに彼は捕虜となり、父王の命によって、585年4月13日、殺された。

4月14日 殉教者、聖ユスティノ
 彼は異教徒の哲学者であったが、聖寵により、まことの上智が神より出ることを悟り、キリスト教に改宗した。その名著、「護教論」によって守りに立った信仰をのちに、自らの血でもって証認した。166年ローマで殉教。
4月14日 殉教者、聖ティブルツィオ、聖ヴァレリアノ、聖マキシモ
 聖女チェチリアは、祈りによって、夫ヴァレリアノを回心させたが、ヴァレリアノの回心によって、彼の弟ティブルツィオも信者となった。のちにこの兄弟は、偶像をすてたかどで、死刑に処せられた。この二人の、信仰告白の勇気を見て、回心したマキシモも、二人とともに殉教した。(230年ころ、ローマで)

4月17日 教皇殉教者、聖アニチェト
 アニチェト教皇はシリア人であった。聖ピオ一世の後を継ぎ、教皇の位についた。在位は、154-165年。数々の異端とたたかった。また聖ポリカルポはローマに来て復活の祝日の日決定の裁断を教皇に求めた。信仰のため血を流さなかったが、キリストのために苦しんだので、殉教者として崇められている。

4月21日 教皇博士、証聖者、聖アンセルモ
 聖アンセルモは、イタリアのアオスタに生まれ(1033年頃)、フランス、ノルマンディのベックのベネディクト会大修道院にはいった。
 のちに、同所の大修道院長となり、1093年には、イギリスのカンタベリー大司教となり、政府に対して、教会の権利を守って立ち、二回国外に追放されたが、敢然と戦い、終に教会に勝利をもたらした。1109年4月21日帰天した。
 その深い敬虔と学識とのために、1720年教会博士にあげられた。。

4月22日 教皇殉教者、聖ソテル、聖カイオ
 教皇ソテル(166-174年在位)は、マルコ・アウレリオ帝の治下殉教した。
教皇カイオ(283-296年在位)は、殉教しなかったが、信仰のためにはげしい拷問をうけたので、そのために殉教者に加えられている。

4月23日 殉教者、聖ジォルジォ
 カパドキア生まれの軍団兵であったジォルジォは、ディオクレツィアノ皇帝の迫害の時(四世紀のはじめ)、他の信者とともに殉教した。紀元800年以来英国の守護聖人であり、また十四救難聖人の一人である。

4月24日 殉教者、シグマリンゲンの聖フィデレ
 聖フィデレは、南ドイツのシグマリンゲンで、1577年生まれた。有名な弁護士として、またその愛と寛大さとのためにも好評をえていたが、生涯を、信仰の擁護とプロテスタント教徒の改宗とのためにささげようとして、1612年カプチン修道会に入った。フィデレとは修道名である(本名はマルコ・ロイ)。
祈りと仕事において、神との絶えざる通交のうちに生活していた。司祭叙品後、プロテスタントの改宗に活動し、スイスのグラウビュンデン州に布教に派遣され、好結果をあげたが、ゼヴィス町においてカルヴィン派の手にかかり、1612年の本日、殉教した。1746年列聖。
4月24日 童貞、聖女マリア・エウフラジア・ペッレティエ
 聖女マリア・エウフラジアは、1796年、フランスのノワモルティエに生まれ、庇護の愛徳女子修道会に入り、のちに、「よき牧者の修道女会」を創立し、キリストへの愛と多くの霊魂への愛とに献身し、愛徳事業に生涯をささげた。1868年4月24日永眠。1940年5月2日、ピオ十二世により列聖された。

4月25日 福音史家聖マルコ
 聖ペトロの弟子であり、一時、聖パウロの伝道旅行にもしたがった聖マルコは、エジプトに行って宣教し、そこの地で、強力な宣教と努力とののち、有名なアレキサンドリアの教会を創立した。第二福音書の著者である。

4月26日 教皇殉教者、聖クレト、聖マルチェリーノ
 聖クレトは、ローマ人で、三代目教皇(79-90年?在位)、ドミツィアノ皇帝のときに殉教した。聖アナクレト(祝日7月13日)と同一人であるらしい。
聖マルチェリーノもやはりローマ人で、296年から304年まで、教皇の座についた人である。ディオクレツィアノ帝の迫害の時殉教。
4月26日 よきすすめの聖母
 ローマ近郊のジェナツァノでは、よきすすめの聖母の奇蹟の聖絵が、五世紀前から大いに信心を集めている。

4月27日 教会博士、証聖者、聖ペトロ・カニジオ
 聖ペトロ・カニジオは、オランダのネイメーゲンに生まれ(1521年)イエズス会に入り(1543年)、ドイツにおけるルーテルの異端に対し、説教と著作をもってたたかいつづけ、「異端者への鉄槌」、あるいはドイツの使徒聖ボニファチオに対し「第二のドイツの使徒」と称揚された。最初の教理問答書の著者であり、ラインランド、オーストリアがカトリックの信仰を持続し得たのは、彼の活動努力の結果である。
 七十六歳をもって、1597年12月21日、スイスのフライブルクで逝去し、1925年5月21日、ピオ十一世によって聖人の位に上げられ、教会博士と宣言された。

4月28日 証聖者、十字架の聖パウロ
 十字架の聖パウロの生涯は、その修道名が示す如く、わが主イエズス・キリストの十字架と受難とへの熱愛という一言につきる。救主の受難と御死去を説教するを目的とする受難修道会を創立した。さらに数年後、同名の修道女会も創立した。
 パウロ・フランチェスコ・ダネイ(本名)は、1694年イタリアのピエモンテ州オヴァダで生まれた。
1775年10月17日、帰天。1867年ピオ九世により列聖された。
4月28日 殉教者、聖ヴィタレ
 兵卒であって、聖ジェルヴァジオと聖プロタジオの父親であった聖ヴィタレは、拷問されていた信徒たちを元気づけたかどで、171年、イタリア・ラヴェンナにおいて殉教した。
4月28日 聖ルドヴィコ・マリア・グリニョン・ド・モンフォール
 この聖人は、フランス・ブルターニュのモンフォールで、1673年1月31日、生まれた。サン・シュルピス神学校に学んで後、ポアティエの病院付司祭となり、1703年、ここに病者を世話する叡智童貞会を創立した。更に後にマリア宣教会も創立した。
親しみある聖母崇敬、小児に対する献身的な愛、完き克己、これが全く超自然に根ざす彼の聖徳の根本特徴である。
十七世紀末期において、第二のヴィンチェンツィオ・フェレリオとうたわれ、聖母マリアと主の御受難とに対する信心のために、特に有名である。彼の使徒的著作のうち、「聖母へのまことの信心」は、最も広く読まれている。1716年4月28日、サン・ロラン・シュール・セーヴル(フランス)で永眠した。

4月29日 殉教者、ヴェロナの聖ペトロ
 この聖人は、1205年頃イタリアのヴェロナで生まれた。両親はカタリ派の異端者であった。ドミニコ会に入り、異端者を回心にみちびく宣教に、特に熱心であった。
異端者たちの手にかかり、1252年4月6日に殺された。信経をとなえつつ帰天したといわれる。翌年(1253年)列聖された。
4月29日 大修院長、聖ロベルト
 ロベルトは1018年シャンパーニュ州(フランス)のトロアの近くで生まれた。十五の時、ベネディクト会に入った。のち、モレームの修道院の院長の職にあったとき、当時の弛緩した修道院生活にあきたらず、厳格な、刷新的生活をもって、修道院理想にまい進するため、修道院を去り、同志とともにシトーにおいて、1108年3月21日、聖ベネディクトの祝日に新修道会を創立した。これは創立地名にちなんで、シトー会と呼ばれている。1110年3月21日永眠。

4月30日 シエナの聖女カタリナ
 シエナの聖女、ドミニコ会の第三会会員聖女カタリナは、1347年イタリア・シエナのベニンカザ家に生まれた。幼少の時からイエズスの示現、脱魂等の特別な神の聖寵をうけた。後年、灰の水曜日から、御昇天の祝日までの間、断食を行って、聖体だけで生きることがあった。
彼女は、シエナでペストがはやったとき、大なる愛徳を示した。また、教皇聖座をアヴィニョンからローマに戻すために、神はこの聖女を起用し給うた。彼女はまた祈りと苦業の生活をつねにしていた。霊感にみちびかれた彼女は、神秘の著書を記し、聖痕をうけていた。
1380年、三十三才をもって、ローマにおいて、永遠の婚宴の席に昇った。1461年列聖。ピオ十二世は1939年6月18日付教皇書簡をもって、アシジの聖フランチスコ、シエナの聖女カタリナをイタリアの第一の守護聖人と定めた。

http://www.d-b.ne.jp/mikami/sancti.htm#6



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2016年03月28日

イスラム国 ISISに誘拐されたトマス神父様のために祈りましょう


Pray-for-FR-Tom.jpg



 皆様、ご存知のように、3月4日に、イエメン(Yemen) のアデン(Aden)で起こったISIS によるカトリック老人施設への襲撃で、マザーテレサの会の修道女4人を含む16人が殺害されました。

「蛇の頭を踏み砕く」という聖書の言葉をからかうためか、シスターたちは銃殺された後、頭を砕かれたのだそうです。





シスターたちの亡くなった施設.jpg



亡くなったシスターの二人.jpg




 その恐ろしい襲撃の際に、シスターたちのためにミサを捧げ、施設でチャプレンを務めていたサレジオ会司祭、トマス・ウズナリル神父様( Fr. Thomas Uzhunnalil )が、ISIS に連れ去られてしまいました。
ネットなどに流れた情報によると、テロリストグループ ISIS は、トマス神父様をしばらく拷問したのち、聖金曜日に磔にして殺す予定でありました。


トマス神父.jpg



 昨日、そのトマス・ウズナリル神父様が亡くなったと、オーストリアの枢機卿様によって確認されたそうです。

 確実な情報と教会の公式発表が待たれるところですが、その間も、どうぞ引き続き、トマス神父様のためにお祈りください。

 また、4人のシスター方と12人の亡くなった方々、そしてISIS によって残酷に殺されたすべての人々のためにも祈りましょう。

亡くなった4人のシスター.jpg




 テロリストの攻撃と死の恐怖にもかかわらず、多くの人々が、内戦やテロで荒廃した中東での犠牲者のために、ボランティア活動を続けています。
 カトリック教会も(亡くなったシスター方のように)危険に直面しながらも、忠実に義務を果たし続けています。
 危険な地域で働く聖職者方、修道者方のためにも、共に祈りましょう。



参考にした元記事はコチラ
Fr. Thomas Uzhunnalil was crucified by ISIS on Good Friday
http://torontocatholicwitness.blogspot.com.au/2016/03/breaking-fr-thomas-uzhunnalil-was.html

http://www.catholic.org/news/international/middle_east/story.php?id=68083

http://blog.godreports.com/2016/03/nun-miraculously-survived-isis-attack-that-killed-16-at-old-age-home/

http://mattersindia.com/2016/03/indian-salesian-priest-crucified-on-good-friday/


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