2017年07月14日

産経ニュースの「秋田の聖母」に関するネット記事 2017.7.13



産経ニュースに「秋田の聖母」の記事が載っていました。
コメントでお知らせくださった方に感謝です。

一般紙にこのように取り上げられる、ということは嬉しいことです。海外ばかりでなく、日本の人々も、もっと訪れてくれるようになるといいですね。

この頃、リンクが繋がらないというご指摘を何度かいただきましたので、リンクとともに、記事文一部を以下に引用しておきます。

。。。。。。。。。

秋田の聖母像.jpg


ファチマの聖母2.jpg


..............

(引用ココから)


「ファティマの聖母」9月に秋田へ 「涙流したマリア像」と対面 東西の“奇跡”がコラボ
http://www.sankei.com/life/news/170713/lif1707130041-n1.html


第一次大戦中にポルトガル中部ファティマに聖母マリアが現れたと伝えられる「ファティマの奇跡」から100年を迎えたのを機に、ファティマの聖母像が9月、「涙を流したマリア像」で知られる秋田市添川湯沢台のカトリック女子修道院「聖体奉仕会」にやってくる。「東西の奇跡」が対面する場で祈りをささげようと、国内外から多くの巡礼者が訪れそうだ。(渡辺浩)

.........
(引用終了)
。。。


この後の記事文には、これに続いて

ファチマに関して、太陽の奇跡や第一、第二、第三の予言のことなどが、説明されています。
また、秋田の聖母出現地についても、わかりやすく説明されており、海外で有名なわりに、あまり日本で知られていない秋田の聖母出現について、もう少し、一般に認識される機会となるのではないか、と思います。

今回、秋田に来る聖母像は、ファチマの聖堂にあるものと同じ大きさで、100周年を記念して新たに作られたものだそうです。
秋田以外にも、各地の教会などを訪れる予定、とのことなので、お近くの教会に訪れるようであれば、ぜひ、機会を逃さずご訪問なさるよう、オススメ致します。

今年5月、フランシスコ教皇様は100周年を記念してファティマに巡礼されましたが、教皇様にならって、日本でも、各教会、修道院、学校などのコミュニティーで、100周年の記念のロザリオの祈りの催しなどが盛り上がるよう願います。


今年の「秋田の聖母の日」9月14、15日には、バチカン駐日大使チェノットゥ大司教様も聖体奉仕会の聖堂で、共に祈ってくださいます。
チェノットゥ大司教様は、2013年の世界10カ国を結んでのロザリオのイベント、「聖母と共に過ごす祈りの夜」にも参加して下さいましたが、その際には、日本語で(!)お説教して下さいました。

今年も「秋田の聖母の日」に多くの参加者がありますよう、参加できない方々も日本中から心を合わせてロザリオを祈れますよう、願っています。

聖母の汚れなき御心が、私たちをいつも守ってくださいますように。



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2016年09月25日

「秋田の聖母の日」2016巡礼


今年も、9月14/15日の「秋田の聖母の日の祈りの集い」に、行ってまいりました。
日本の教会内での変化もあり色々な心配を抱きながら。

(ノロくて亀の報告ですが、UPさせていただきます。)


参加者は、去年よりやや少ないように見受けられましたが、聖堂は両方の側廊までほぼいっぱいの人でした。

1日目は、マリア様側の側廊の最前列左端に座りました。
人々の頭越しですが、菊地司教様のお姿が見えました。

式が始まる少し前、サーっという音がして窓の外を見ると、雨が日に映えて光りながら降っていました。
すぐに雨は止みましたが、あちこちに溜まった雫が輝いて、美しいマリア様のお涙のようだと思いました。


司教様、会長様の挨拶の後、まず聖体降福式がありました。
ラテン語のタントゥムエルゴなどの聖歌が美しく流れる中、司教様も神父様がたもサッと跪かれ、会場いっぱいの人々も皆跪いて、ご聖体のうちにまことにまします聖主キリストを礼拝いたしました。
10分間の沈黙の念祷の後、ご聖体を掲げての祝福があり、皆で賛美を歌いました。
素晴らしい始まりでした。
日本では、ミサの間に跪けなくなった分、聖体降福式がもっと頻繁に行われるようになったら良いなと思いました。

akitaseibo1602.jpg




そして、今年は「いつくしみの特別聖年」だからということで、ロザリオの代わりに「御いつくしみのチャプレット」というのを唱えました。

菊地司教様の御講話は、教皇様の難しく長い回勅「ラウダート・シ」をわかりやすく説明して下さる意義のあるものでしたが、それでも私には難しかったのか、数日間の旅行の疲れが出たのか、集中できずあまり頭に入りませんでした。すみません。
でも、一生懸命に菊地司教様のお顔を眺めていました。教会のためにお働きになる司教様に祝福がありますようにと思いながら。

akitaseibo1601.jpg





それから聖堂の外に出て、子羊の園での「十字架の道行き」は、各留の後のスタバトマーテルの歌声もよく響き、皆で大移動をしながら若い神父様の先唱で回りました。
今年は、ヨゼフ様のような方が、神父様のマイクを担いでおられて良かったなと思いました。

屋外で「十字架の道行き」ができる機会は滅多にないですが、やはりよく黙想できるように感じます。風を顔に感じ、地面や草が濡れているのを見ると、あの昔、イエズス様が歩かれた時はどんなだったか、埃っぽい道、大勢の人々の罵り、血の匂い。。。などが思われて、胸が締め付けられるようでした。
キリストを罵るのではなく、キリストの御受難を感謝する多くの人々と共に祈れる恵みを感謝しました。

akitaseibo1604.jpg





聖堂に戻ってミサが始まりました。
私の列は、5人のうち私を含め4人が外国からの参加のようで、ベールをかぶっていました。
聖変化の時も、同じ4人は(うち一人は子供)跪いていました。
ただ他の方々は、ほとんど立ったまま、あるいは座ったままの日本式だったようですが、よくわかりません。(あまり振り返ってばかりいるわけにもいかないので。)

聖体拝領はいろいろでしたが、司祭方が御聖体を授けて下さっていたので良かったと思いました。
聖歌は地元の教会の方々が練習されたのか、それとも日本の方々のレベルが高いのか、綺麗なハーモニーが聖堂いっぱいに響いていて美しかったです。

akitaseibo1603.jpg




ミサが終了して、1日目が終わりました。


帰り道で一緒になった方とお話ししていたら、その方は、なんとカナダからいらっしゃったとのことでした。
オーストラリアから来る私も我ながらすごいと思っていましたが、上手がいました。

そのカナダの方のお友達(京都の方)と、そのお友達の可愛いお嬢さんも、皆、初めて秋田に来たそうで驚きました。
なぜ驚いたかというと、「秋田の祈りの集いは、以前何度も来たことのあるお年寄りばかりではないかな」という印象があったから、「初めて来た」という方々もいるのだ、と。
「ご出現の事実」は、時を超えて恵みを与え続けるもので、「聖地は古びない」と、あらためて思いました。
そういえば、今年は少し若い方が増えたような気がしました。

。。。。。。

2日目は、朝、バス停で昨日の3人組にお会いして一緒に行きました。
巡礼なので、聖地の麓のバス停から聖堂まで歩いて登れて良かったです。
お天気もよく、さわやかな日でした。

2日目は、ロザリオと御ミサでした。
近くの席に外国人の夫婦とその若い息子さんがいて、ミサの聖変化の時など、やはり跪いていました。
私も跪きました。
(この「ミサの間中、跪き無し」というのは日本だけのことです。)


菊地司教様のミサ中のお説教は秀逸でした。
「あっ」と思ったところを要約すると、
悲しみの聖母の汚れなき御心が剣で貫かれたこと、それを予言したシメオンの言葉「あなたの心刺し貫かれるでしょう」とは、その時にイエズスキリストの聖心も苦しみと悲しみで貫かれている、ということ、だから「あなたの心」と言われた、と。
聖母マリアは、イエズスキリストの精神的な苦しみも共にされたのでした。

共贖者なる聖母マリアがドグマ(教義)となる日が来ますように、と改めて願いました。

。。。。。


秋田の聖母の日が、毎年恒例になり、ずっと続くと良いな、と思います。
来年は、ファチマの聖母出現の100周年です。

私たちは何も変わることなく日々を過ごしているように思っていますが、人類は、社会的にも霊的にも、ますます大きな危機へと進んでいるのではないでしょうか。
菊地司教様がお説教でおっしゃったように、「世相は限りなく物欲優先、宗教に対する完全な無関心、そればかりでなく弱者は抹殺すべき、という思想を公言する者さえも」でてきました。
私たちは、ますます聖母マリアに寄りすがり、祈りを捧げて、大きな危機的状況から救い出していただかなくてはなりません。

ファチマで聖母マリア様は、将来の大災害を警告され、「無くなってしまう国もあるでしょう」とおっしゃいました。
その予言の実現してしまう時が近いのではないか、と考える人々もいるようです。そうかもしれません。

でも、小さな群れですが、この「秋田の聖母の日の集い」が続いていく限り、ロザリオを唱える人々がいる限り、日本という国は消滅せず、残るでしょうと信頼の気持ちが湧いてくるように思われました。

祈りと信頼と感謝の2日間でした。


写真は菊地司教様のブログ、司教の日記の「秋田の聖母の日」の記事より転載させていただきました。
http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com/diary/2016/09/post-aa33.html



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2016年09月09日

もうすぐ「秋田の聖母の日」


今年も「秋田の聖母の日」の集いに参加いたします。

9月14日、15日です。


詳細は、聖体奉仕会ブログ「湯沢台だより」、又は、菊地司教様のブログ「司教の日記」をご覧ください。


聖母マリア様の御保護を願い、日本の回心を願い、共に祈りましょう。







posted by テレジア at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 巡礼地としての秋田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

秋田巡礼2016 そのB


 かなり遅くなってしまいましたが、UPします。


 今年の秋田巡礼でも、最後の日に「無原罪聖母の騎士会」(Militia Immaculatae) の入会式がありました。
 新しく会員になられた方々に、聖母マリア様の祝福と御加護をお祈りいたします。

 今年の入会式の写真です。


シュテーリン神父のミサ.jpg


メダルの祝別.jpg


入会式2.jpg


入会式3.jpg




 毎年恒例の秋田巡礼は、去年から「無原罪聖母の騎士会」の黙想会のような雰囲気になってきました。
 去年の巡礼では、おおぜいの方が入会しました。

 私は、去年はまだ準備不足だと思い、かなり躊躇しましたが、シュテーリン神父様のお説教の熱意に推された感じで入会いたしました。

 素晴らしい会に入会させていただいた、と思っております。
 が、自分は相応しくないし、この一年自分の生活は何も変わっていない.....
 具体的な進歩がなければ、意味がないのではないかと悩みます。

 そういえば、少しだけ進歩がありました。
「ああ原罪なくして宿り給いし聖マリアよ、御身に寄り頼み奉る我らのために祈り給え。」
という射祷は、随分以前から唱えていましたが、去年、入会してから、コルベ神父様が作られたオリジナルの祈りを唱えるようになりました。

 オリジナルの騎士会の祈り:

「ああ原罪なくして宿り給いし聖マリアよ、
御身に寄り頼み奉る我らのために祈り給え。
また御身に寄り頼まざるすべての人々、
特にフリーメーソン会員のため、
また御身に委ねられ奉りしすべての人々のために祈り給え。」




第二バチカン公会議以後の新しい祈りは、微妙に変更されています。

「けがれなく宿られた聖マリア、
あなたによりすがる私たちのためにお祈りください。
また、あなたによりすがらない人々、
特に教会に敵対する人々、
そして私たちがあなたに依頼するすべての人々のために
お祈りください」


具体的な「フリーメーソン会員」という言葉は、やや曖昧な「教会に敵対する人々」に変更されております。

 
 聖コルベ神父様は、ローマ留学中に、フリーメーソン会員たちのバチカンでの暴挙を目の当たりにして、この会の創立を思いつきました。

「フリーメーソンたちが日増しに傲慢で、低俗な態度をとるようになってきた。
 ヴァティカンの窓の下に悪魔どもの旗がひるがえっているのを見る。
 その旗には 大天使聖ミカエルを打ち倒すルチフェルの絵が描かれている。
 フリーメーソンたちは、やがて教皇をひどく侮辱するビラを群衆の間にまき散らしはじめた。
 そのとき、私の頭に、フリーメーソンと、悪魔の他の能力に抗議するための一つの信心会をつくろうというアイディアが生まれた」

 と、聖コルベ神父は書き残されています。
http://akitadiary.seesaa.net/article/376430079.html?1469979234


 それならば、最初から 目的は、はっきりしているのですが。
「教会に敵対する人々」って、わかりにくいのではないでしょうか。
 敵が誰かよくわからない騎士団が、どうやって戦いに勝つことができるのでしょう?




ところで、今年の巡礼から帰ってきてから、以前見た夢のことを思い出しました。
http://akitadiary.seesaa.net/article/270519500.html?1469983266


そして、この夢の意味は、「無原罪聖母の騎士会」に入会させていただいたことによって聖母の力を帯びて戦うということ、なのだと思いました。

「特別な猛毒」とは、サタンの頭を踏み砕く聖母の踵の御力でしょう。
すべての兵士が、その槍に、その剣に、その矢に、この「特別な猛毒」を塗っていたなら、その軍隊はまさに無敵でしょう。


日本でのM.I.の復興が秋田で始まったというのも、摂理的ですね。
秋田の聖母のお姿は、不思議のメダイの裏面を形象化したものだからです。

不思議のメダイ裏.gif

不思議のメダイ?.jpg


+は十字架、Mはマリアの象徴。
その下の二つの聖心はSSPXのシンボル。
全部合わせると、「秋田の聖母のもとで日本のM.I.の復興」✨


十字架の下に、聖母とともに、この小さな群れは勝利するでしょう。

(終)


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2016年05月28日

秋田巡礼2016 そのA


秋田は生き残りの場所


 この度のダブル巡礼では、「長崎」「秋田」のコントラストを感じました。

 禁教時代には、日本中で多くのカトリック者の殉教がありましたが、長崎を中心として、熊本、大分など、九州地区はその信仰と殉教を代表するような土地です。恐ろしい拷問にも屈せず信仰を守り抜いて殉教をした多くの人々。。。


 秋田をはじめ陸奥(みちのく)一帯では、殉教もありましたが、多くのキリシタンが鉱山に隠れ住み、信仰を守って生き延びた土地でもあるのです。


キリシタン1.jpg
坑道内の壁に十字を掘り祈る潜伏キリシタン




 中世の鉱山は、鉱山独自の掟「山法」に「一山は一国たるべし、他の指揮に及ばず」とあり、主殺し、親殺し以外は刑事訴追を逃れるという、一種の治外法権地域でした。
当時の鉱山には、来るものを拒まない寛容な風土があり、この掟を守っている限り安全に生活できたそうです。

 それで、慶長17年(1612)、徳川幕府がキリスト教の弾圧を始めた頃から、その弾圧の難を逃れるため、多くのキリスト教徒が西国から東北の地に移り住み、鉱山に潜伏したそうです。

 佐渡の金山は有名ですが、その他にも、久保田藩、南部藩などに、院内銀山、尾去沢鉱山、白根金山、佐比内金山など、陸奥(みちのく)一帯にたくさんの鉱山があり、産出量も当時は世界有数のものも幾つかありました。



キリシタン4.jpg
鉱山内の金奉行所




キリシタン2.jpg
昔は手掘りのみで重労働だった




キリシタン3.jpg
砂の中から金を選り分ける女たち




 不思議なことに、みちのく鉱山の多くが 日本最初の禁教令が出された前後に発見されたり、採掘開始されたりしています。まるで厳しい迫害に地元を追われるキリシタンのために、神様が生き残りの場所を用意してくださったかのようだと思いました。

 この陸奥の鉱山群がなかったら、追放され、命からがら逃げてきたキリシタンたちの多くが、山野でのたれ死んだかもしれません。


白根金山: 慶長3年(1598)、鹿角境奉行だった北十左衛門信景によって開発され、その後、五十枚、西道、槙山など尾去沢(おさりざわ)の諸金山が開発された。この金山の開発により、南部藩の財政は大いにうるおい、「田舎なれども 南部の国は 西も東も金の山」と民謡、からめ節などにうたわれた。

 藩政時代を通じて盛岡藩の領内では100以上の金山が開発されたと伝えられているが、なかでも盛んであったのが紫波の佐比内(さひない)金山や鹿角の白根金山であり、尾去沢では計18の金山が開かれた。鹿角では慶長年間(1596-1614)には金掘工が4,000人近くにものぼり、山間にたちまち数千 軒の鉱山街が出現するほど盛んだった。
「みちのく悠々ブログ」より引用




 鉱山の仕事は、やはり超重労働で、30代で生涯を終える人も多かったそうですが、キリシタン達には残虐な拷問に比べれば何でもないことと思えたでしょうし、一生懸命働けば、金銀が採掘され景気が良いので、庶民でも 白いご飯が食べられる、とか、お酒も飲めるとか、他の地域では考えられないほど恵まれた生活だったようです。


 特に秋田(久保田)藩は、キリシタンに対して寛容だったそうです。

 金、銀、銅などの減産と鉱山の衰退を嫌い、人手がいつも必要だったこと、
 そして藩主義宣の側室である西の丸(岩瀬御台)がキリシタンであったこと
 などから、キリシタン禁教政策を厳しく行わなかったと言われています。

 秋田の地で、鉱山の重労働をしながらも、キリシタンたちは、しばしの安堵の時を過ごしたのでした。


秋田キリシタン分布図.jpg
秋田キリシタン分布図




 元和3年(1617)頃から幕府のキリシタン禁教政策に対応して、キリシタン摘発が厳しくなり、寛永元年(1623)には、院内銀山の信徒25名、善知鳥鉱山の信徒13名が斬首、寛永20年(1643)には白根金山で多くの信者が捕らえられ、処刑された、と記録されています。
 それでも、おそらく数万以上と予想される全体数から見ると 少ないように見受けられ、禁教の圧力を強める幕府の顔を立てて キリシタンの処罰をしている形にした程度か、という感じがします。


 江戸幕府の直轄だった佐渡の金山以外では、鉱山での絵踏みの記録も無いようなので、本土の陸奥鉱山のキリシタンたちは、絵踏みの大罪を犯して霊的な死を受けることもなかったかもしれません。記録が少ないので、よくわかりません。

 潜伏キリシタンたちにとって、みちのく鉱山は、桃源郷あるいはオアシスのような場所だったのではないでしょうか?  
 地下の坑道には皆で祈る場所もあったそうです。



キリシタン5.jpg




 現代でも、秋田に集う私たちは、生き残りのグループだ、という気がしてなりません。
生き残りのキリシタンたちが、貴重な白いお米やお酒をいただけたように、私たちは霊的食物として尊い白い御聖体のパンを、司祭方は聖主の御血に聖変化したぶどう酒もいただきます。私たちは本当に恵まれているのだと思います。


 みちのく秋田は生き残りの場所、秋田の聖母出現は生き残りの道を示す道標なのだ、と気づけたことは、このダブル巡礼を企画してくださった神父様方、そして殉教の長崎各地を巡り祈ってくださった方々のおかげだろうと思いました。
 そして、長崎ー秋田は、別々の巡礼地ではなく、苦難の時代を生きた日本のキリシタンたちのカトリック信仰を偲ぶ、ひと続きの巡礼地なのだと深く心で理解いたしました。


 秋田の聖母を慕って集う人々には、マリア様は、必ず何らかの形で、生き残りの恵みを与えてくださると、思っています。
「私に寄りすがるものは助けられるでしょう。」と、秋田の聖母様は約束して下さったのですから。

(つづく)

以下のサイト、その他の多くのサイトを参考にさせていただきました。
興味のある方は、「鉱山名(地名)+ キリシタン」の ダブルキーワードでググってみてください。

白根金山
http://www.pacs.co.jp/hist_walk/walk_akita02/kaduno_sirane_kinzan/index.html

佐比内金山
http://simomath.blog.fc2.com/blog-entry-832.html

尾去沢鉱山
http://zamakibeniko.blog14.fc2.com/blog-entry-1082.html



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2016年05月21日

秋田巡礼2016 その@


今年も、毎年恒例5月の、「SSPX公式秋田巡礼」に行ってまいりました。

巡礼後の日本滞在を終えて、やっとパースの自宅に戻ったところです。報告遅くなりました。
が、巡礼された皆様には、まだその余韻に浸っていらっしゃるのではないか、と思われます。

巡礼の写真
http://militia-immaculatae.asia/english/P_Akita_2016.php


公式巡礼10周年ということで、今年は、「長崎ー秋田」のダブル巡礼でした。
私は、本当は長崎のみ行く予定でしたが、ある方の一言で思い直し、秋田にまいりました。


今年の秋田巡礼の印象を一言で言うと、「野に咲く花々の間を駆け巡る子供のような気持ち」になりました。

正義の太陽なるイエズスさま、愛の香りで包んで下さるマリアさま。
清々しい風、澄んだ空気、巡礼に集う人々は、小さな野の花々のよう。
秋田の聖母を慕って集う謙遜で愛に満ちた人々と共にいる喜びで、心がいっぱいになりました。



お花畑の少女.jpg

写真はイメージです。




この秋田巡礼では、世の罪の悪臭から解放されたひと時が持てます。
聖寵を失った霊魂達の腐臭のしない数少ない場所の一つだと思います。


集う私たちは、皆、霊的に小さく貧しく、多くの欠点や弱さを抱えています。でも、秋田巡礼の間は、それが覆われ、癒されているようにも感じます。
ご聖体の内に真にましますイエズス様のお側にいて、優しい母マリア様の小さな子供になっていれば大丈夫、という感じです。


yellow-thumbnail2.jpg

秋田の修道院の庭のタンポポ



ところで、今年、初めて気がついたのが、この巡礼参加の人々の平均年齢が若い、ということです。

日本人のグループは、35人くらいで、外国人を含めた全体の約半分でした。
ざっと数えて、独身の女性が12人くらい? そのうち20代と思しきお嬢さん方が半分くらい?、昨年結婚なさったご夫婦も若いし、平均年齢40歳くらいかな、と思いました。老中若、良い比率で混ざっています。これは素敵なことです。

他のカトリックの巡礼だと、人数はずっと多いけれども、主流は60代〜70代の方々だと思われ、差は歴然としています。


それで、ふと思い出したのが、修道生活を模索していた友人の言葉です。
「聖伝の修道会をいろいろ探していたけれども、日本人には難しいし、ノブスオルドの方も見てみたいと思って行ってみた。そうしたら、おばあ〜さんばかりで驚いた。聖伝の修道会は、志願者や修練者もいて、誓願者でも若い人も多いので、それが普通だと思っていたから。
やっぱり行くなら聖伝の修道会ですね。」
sspx系ドミニコ会オーストラリアの様子
http://dominicansisterswanganui.blogspot.com.au/2016/04/some-news-from-land-of.html


教会の未来は、このグループにあるという、はっきりした印だと思いました。

(つづく)


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2015年10月14日

ミューラー神父様の秋田の聖母への祈り


 昨年、秋田に巡礼した時、秋田の聖母像の写真と説明、裏にはミューラー神父様のお祈りの印刷されたカードが、聖堂にたくさん置いてあったので、数枚、いただいてきました。

 長い間、私たちのためにご苦労下さった神父様の、日本の人々を想う気持ちと、秋田の聖母マリアさまへの感謝と委託と願いが表わされた美しいお祈りだなぁと、感じました。

 今年、巡礼した時には、もうありませんでしたので、カードをもらいそびれた方々のためにUPしてみます。


SCAN0384.JPG



 「秋田の聖母の日」祈りの集いの2日目にいらして下さったミューラー神父様に、叙階60周年のお祝いと感謝を、一言ですがお伝えすることができ、このお祈りの掲載も許可していただけたので、良かったなと思いました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「秋田の聖母への祈り」

慈しみ深い聖母よ、不信仰と罪の暗闇の中にいる、わたしたちを導くために、
あなたは天からくだって、秋田においでになりました。
わたしたちがみ心に避難し、より熱心に祈ることを望んでおられます。

人類の罪があまりにも増えつづけ、御父の怒りが大きな災いをくだそうとしていることをお知らせ下さいました。
あなたは御子イエズスとともにくりかえし執りなして下さいます。

わたしたちが毎日の苦難と十字架をうけとり それを償いとして、御父にささげることを懇願しておられます。

御父の掟に従わないで自分中心のための道を歩む人々のために、
毎日ロザリオを祈ることを切に願っておられます。

また、欲望をおさえて質素な生活を愛し、勇気をもって犠牲をはらうように呼びかけておられます。

母性愛にみちたみ心を避難所としてひらいて下さいます。

あなたに信頼し汚れなきみ心に避難します。
わが国をサタンの謀りごとから救い出し 人々の心を現世的思想から解放して下さい。

ああ慈しみ深い御母よ わたしたちをみ捨てないで下さい。
御子にわが心をひらいてください。
御手をわたしたちの上にひろげて下さい。

聖母よ お願いします。 おながしになった多くの涙がむだにならないように。

アーメン


カトリック大館教会
オズワルド ミューラー神父



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