2017年07月02日

聖ペトロの召命(今日の福音より)

聖霊降臨後 第四の主日の福音より。

聖ペトロ.jpg


ルカによる聖福音の続誦(5ノ1〜11)

 そのころ、群集が、神のみ言葉を聞こうとして押しせまったので、イエズスは、ゲネザレトの湖畔に立ち、二艘の舟が、岸に寄せてあるのを見給うた。漁夫は舟をおりて、網を洗っていた。
 イエズスは、その内の一艘、シモンの舟にのり、少し岸をはなれよと願い、舟の中に坐って、群集に教え給うた。

 語りおえてシモンに、「沖にのり出し、網をおろしてすなどれ」といい給うた。

 シモンは答えて「師よ、我々は、夜中苦労して、なにひとつ取りませんでした。けれども御言葉にしたがって網をおろしましょう」といった。

 そのとおりにすると、おびただしい魚の群れをかこんで、網がさけそうになったので、他の舟にいた仲間に、助けにくるように合図した。来て魚を二艘の舟にみたすと、舟はしずむほどだった。

 シモン・ペトロはこれを見て、イエズスの膝元にひれふし、「主よ、私から離れてください。私は罪人です」といった。それは、彼もまた、彼と共にいる者もみな、とった魚の夥しさに驚いたからである。ゼベデオの子でシモンの仲間だったヤコボとヨハネも同様だった。

 イエズスはシモンに向って、「おそれるな、おまえは 今よりのち、人をすなどるであろう」とおおせられた。

 彼らは舟を岩につけ、すべてをおいて、イエズスに従った。
 
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


<黙想>

 聖ペトロ様は、長年 この湖で漁をしてきた ベテランの漁師でした。

 そして、漁をするのに良い時間と場所も よく心得ていたでしょう。

 ですから、説教を終えたイエズス様が 唐突に、

 「沖にのり出し、網をおろしてすなどれ」 と おっしゃられても、
  
 普通なら こう言いたいところだったでしょう。

 
 「ラビ、私はあなたを 心から尊敬していますし、何でも 従うつもりです。

 でも、漁にかけちゃあ あなたは素人だ。

 きのうの夜は 一晩中、全然獲れなかったから、潮の具合は最悪なんだし、

 もう こんな 日も上がった時間になって、うまくいったためしは無いんですよ。

 もう、網も洗って片付けも済んでしまったところですから、今日はやめときましょう。

 一晩中働いて、本当に疲れているんでね。

 一休みして、また今夜、漁してみますよ。」
 とね。


 これは、普通なら、まったくおっしゃるとおりなんですが、

 ここで疲れきった身体も気力も奮起させて、

 「御言葉にしたがって 網をおろしましょう」 と 言えたところが、

 聖ペトロ様の すごいところだと思うんです。


 イエズス様の 「御言葉」 に、

 あらゆる常識と 自分の漁師としての 小さな誇りを超えて

 無条件に従ったところが...。

 これは、聖ペトロ様への 「召命のテスト」 だったような気がするんですね。


 イエズス様が、ただ普通の偉いラビではなく、

 神の御一人子であることを信じて、

 そして、その御旨がはっきりと、「御言葉」として示されたからには、

 あらゆる自然的状況に反していても、

 自分の判断や考えと違っていても、

 疲れきっていて実行するのが辛くても、

 万難を排して それに従うことが、できるかどうか。


 小さなことだけれど、確かな信仰の表明と 
 
 御旨に従う意志と実行力を 期待された聖ペトロ様は、
 
 それに 「良く答えた」 のだろうと思います。


 そのとき、イエズス様は、聖ペトロ様の召命を確認されました。

 「おまえは 今よりのち、人をすなどるであろう」と。


 修道召命を望む すべての人の内に、天主様の御旨が行われますように。

。(ブログ「奉献生活」より転載)


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posted by テレジア at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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