2017年01月04日

「人間の分際 – 神父・岩下壮一」(良書のご紹介)



人間の分際―神父・岩下壮一 (聖母文庫) -
人間の分際―神父・岩下壮一 (聖母文庫) -




「人間の分際 – 神父・岩下壮一」
小坂井澄 著/ 聖母の騎士社発行



 先日、ご紹介した「カトリックの信仰」の著者、フランシスコ・ザビエル 岩下壮一神父様(1889年9月18日〜1940年12月3日)の伝記です。

http://akitadiary.seesaa.net/article/444283010.html

 当時の時代背景もよく分かりますし、ご両親の話、幼児期、少年期の話も様々な人間関係が面白いです。岩下神父様を中心に信仰が広がっていく様子もよくわかります。まず家族に、そして友人に、そして多くの人々に。


岩下 壮一.jpg
岩下壮一神父様



 岩下神父様は、東京のカトリック系ミッションスクール暁星学園時代に洗礼を受け、一高、東京帝大哲学を経て、ヨーロッパで神学を学んで司祭となり、帰国して日本でのカトリック信仰の宣教に努めました。

 帰国後は、特にカトリックの知的代表ともいうべき立場で、「啓蒙書から専門学術書まで」執筆著作活動を精力的に展開され、学生のための講義、知識人のための講座、カトリック研究社を設立しての出版事業などめざましく活躍されました。

 当時、岩下・戸塚時代と言われ、カトリック教会全般に、とても活気がありました。

 「カトリックの信仰」は公教要理の第一部の解説書なのですが、その第三部の解説を書かれた、当時のカトリック界のもう一人の逸材が戸塚文卿神父様です。

 戸塚神父様は、岩下神父様の暁星、一高、東京帝大(哲学ではなく医科)の後輩で、ヨーロッパに渡ったのは2年後でしたが、1年ほど先に叙階を受け、司祭となって帰国し活躍を始めました。



戸塚神父様.jpg
若き日の戸塚文卿医師(まだ司祭になる前)




 その部分を少し引用してみます。

。。。。。

 壮一よりもほぼ9ヶ月前に帰国した戸塚文卿は、壮一の大森山王にほど遠からぬ南品川の父の外科医院を「聖ヨハネ汎愛病院」と改め、司祭かつ医師としていわば二足のわらじの活動を始めている。
 戸塚はパリではパストゥール研究所でも研鑽を積んだ当代第一級の医師、医学者だが、それにしてもこちらも壮一に劣らぬ異色司祭の出現といわなければならない。
 「聖ヨハネ汎愛病院」は、たんなる病院ではなかった。毎朝のミサにはじまり、定時の祈りによって区切られた日課と生活規則を持つ修道院に準じた奉仕者の共同体であった。
 医療活動としても、貧窮患者に対する無料診療を目的の一つとした。
(中略)

 壮一が洗礼の代父をつとめ、暁星以来の先輩として少なからず影響をおよぼしてきた戸塚が、壮一の目にもあれよあれよといううちに一歩先んじて司祭となり、ヴァイオレットらを伴って帰国、医師の腕を活かして新しい活動を展開する鮮やかさ、それ自体が感嘆の対象であった。
 壮一がどこまで自覚的に対抗意識を持っていたか。いずれにせよ、第三者からすればよきライバルと目され、事実、そういう関係で両者の活動は進んでいく。それが活気ある「岩下戸塚時代」を生むことになるのだ。

 日本におけるオラトリオ会の創設を視野のうちにおさめていた岩下は「宣教師」であることをふくめて、日本の規制の教会組織 ー 教区にせよ修道会にせよーに束縛されぬ自由を明らかに意図していた。

 いっぽう戸塚の医療を柱とした宗教活動は、すでに日本でも一部女子修道会によって着手されてはいるが、さらに社会的要求もあり、東京大司教レイは大きな期待を寄せた。戸塚もまた、これを東京大司教の管轄下に当然のこととして置き、大正14年5月の病院開設に当たっては、大司教の公式祝福を受けたのである。

。。。。。。352ページより引用




 第7章「それぞれの道」の、岩下神父様と戸塚神父様の友情、交流の様子は、特に興味深いです。

 司祭への望みを心に秘めて渡欧した四人の日本の若者の青春群像ともいえる章で、個々に違う召命の感じ方、答え方など、とても心に響くものがありました。
 四人とも才能豊かな若者で、二人は司祭になりましたが、司祭にならなかった一人は、有名なカトリック画家の長谷川路可様です。


 望めばいくらでも世間的な栄達の道を行けたのに、それを打ち捨ててカトリック司祭になられた方々は、覚悟が違うと感じました。だからこそ、宣教の力になるのだろうと思います。


 岩下神父様が、神山復生病院の院長になられると、皆、驚いてしまうのですが、ずば抜けて頭脳明晰な方なのに、信仰において頭でっかちにならず最弱者への慈善事業に尽くす姿にも打たれます。
 癩者の現実を見てショックを受ける学生に、「涙を流したって何の役にも立たないよ。それよりここで洗濯でも手伝うんだね。」とか、あまりに現実的で、ちょっと笑ってしまいます。
 
 
 岩下神父様は、「司祭になろうよ」とはほとんど言わず「最高のことを目指そう」と言われていたそうです。一人一人にとっては、それは結局、天主様が自分に望む道のことではないかと思いました。それが「分際」ということ。天主様が定められた自分の分際を理解し、望み、果たすことこそ最高の道なのでしょうと思います。
 
 私たちも皆、それぞれの道で、
「御言葉の通り、この身になりますように」(ルカ1・38)
と、お答えになった聖母マリアに倣えますように。

 召命を考えている方、自分の道を探している方に、特にお勧めの良書です。




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posted by テレジア at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 良書の御紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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