2016年08月12日

8月11日は聖フィロメナの祝日でした


昨日は聖フィロメナの祝日でした、古い教会暦では。

聖アンナ教会に行って、ミサに与かりました。
ミサの後、聖遺物の崇敬と、聖体降福式もありました。
(聖フィロメナの祝日は、公式の典礼暦からは外されてしまったのですが、私的信心としてはそのまま許されています。)

聖フィロメナは、13歳で殉教したと言い伝えられている美しい聖少女です。

この聖少女の取り次ぎで、あまりにも多くの奇跡が次々と起こったので、英語圏では、Saint Philomena, the Wonder-Worker (ワンダーワーカー)と言われているほどです。


その一端がよく叙述されているものを、戸塚文卿神父様の著書『農村の改革者・聖ヴィアンネー』から引用してみます。(戸塚文卿神父様は、岩下壮一神父様と同時代の方です。)

全文はコチラ  聖ヴィアンネーと聖フィロメナ
http://blog.goo.ne.jp/thomasonoda/e/971aca361c72c99d01dddfdacb409383 


聖ヴィアンネーの聖フィロメナへの深い信心はよく知られています。聖ヴィアンネーが行った多くの奇跡は、ほとんどが聖フィロメナの取り次ぎで起こったそうです。


聖フィロメナ教会.jpg
フィラデルフィアにある聖フィロメナ教会、祭壇後方向かって左に聖フィロメナ右に聖ヴィアンネーが描かれている。


聖フィロメナの像.jpg
同教会内、側祭壇の聖フィロメナ像



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

(引用ココから)


 謙遜なヴィアンネー師は、自分が尊敬されることを極端にきらった。しかし、そのうちに種々の病人が師のもとに連れてこられるようになった。非常に当惑した彼は、彼がその遺骨の一小片を所有しており、彼が非常に愛していた聖女フィロメナのとりなしに、すべての奇跡を帰して、自分はいわばその影にかくれようとした。

 聖女フィロメナ小聖堂では、肺病や、めくらや、おしや、半身不随の患者がいやされた。師は病の治ることを求める病人に、そこで祈るようにすすめたが、その前に、彼らに熱心に罪を痛悔するように命じた。「それはだめだ」とか、「あなたはそれに値しない」とか、師に言われれば、決して奇跡的に病の治ることはおこらなかった。

 のちに述べる一八四三年の師の重体のすぐ後であった。のどの病におかされて、二年このかた一語も発することができず、ようやく筆談で用を弁じ、そのうえ、のどにたえまない激しい痛みを訴えている婦人が師のもとに来た。

「あなたには地上の薬は役にたたぬ。しかし、天主はあなたを癒そうと思し召しになっています。聖女フィロメナに祈りなさい。筆談の道具を聖女の祭壇の上にのせて、無理におねだりなさい。もし天主があなたに声を返してくださらないならば、聖女の声をゆずってくださいと願いなさい!」

 彼女の祈祷はたちどころに聞き入れられた。

 シャルル・ブラジーという男は、両足が痲痺して、松葉杖にすがらねば歩くことができなかった。ヴィアンネー師は、彼に聖女に向かって九日間の祈祷をしなさいと薦めた。なんの効果も表われない。信仰がたりないのだ。この男はもう一度祈祷をくりかえした。しかし、まだ疑いの心がさらなかった。
「神父様、杖をここにおいて帰ることができるでしょうか?」
「さあ、まだいるだろうよ!」と師は答えた。

 しかしながら、祈祷の日をかさねているうちに、彼の心に信仰がもえだした。満願の日は八月一五日、聖母被昇天の大祝日だった。病人はその日、師のミサ聖祭のあとに、祭器室に身をひきずってやって来た。

「神父様、どうでしょう?今度は杖を聖女フィロメナにさしあげて、よろしゅうございますか?」
「よろしい!」

 この男は両杖を空中にさしあげながら、群衆をかきわけ、聖女の小聖堂に走り去った。両足の痲痺はこの瞬間に完全になおってしまったのだ。

 一八五七年の灰の水曜日に、八才になる男の子を乳母車にのせて連れて来た、身なりのいやしい貧しい母があった。この女は告白をすませてから、ミサのあとに無理に祭器室にはいって来た。そして、子供のために師の祝福を願った。

「この子は抱いて歩くには大きすぎる。さあ、あなたは立ち上がって、子供を床にたたせてごらん!」
「でも、立てませんもの!」
「きっとできる。聖女フィロメナにおすがりなさい」

 師に言われたように、女は子供を床におろして、その手をとって、どうかこうか、聖女の小聖堂まで連れていった。子供はおよそ四五分間ほどそこに跪いて祈っていた。

 母は激しい感動にとらえられて、その間始終涙にむせんでいた。

 すると突然子供は自分で立ち上がって、「おなかがへった!」というと、いきなり母のさし出す手をふりきって、聖堂の入り口に向かってくつ下のままかけて行った。見ると雨が降りだしていた。
「おかあさん、だから靴をもってくれはいいのに!」

 木靴を買ってもらった子供は、大喜びで、他の子供たちと遊びだした。この奇跡はアルスでも大評判になった奇跡の一つだ。

(中略)


 しかし、確かに、聖女フィロメナは、(ダンテにとってベアトリチェがそうであったように)ヴィアンネー師の「ベアトリチェ、彼の理想、彼の星、彼の導き手、彼の慰め手、彼の清き光」であったので、この友情は聖司祭が年老いるとともに、ますます深く、ますますこまやかになっていった。師はある時、カトリンにこのようなことを言った。

「この三晩というものは、私は、ものたりない思いがした。何か空虚がある。聖女フィロメナは、私の彼女に対する思い方がたりないと言って、私を叱っているようだ。私はもう少し彼女に祈ろうと約束した」

 ヴィアンネー師の心の中にあったものは、「熱い、騎士的の愛」であったのだ。彼の心は、人からくるそしりや中傷、たえまなき悪魔の攻撃のうちで、聖女フィロメナによって、どれほどささえられ、慰められたかしれないのである。

(引用終わり)



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posted by テレジア at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 祈り、信心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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