2012年07月01日

聖ピオ十世会とカトリック教会の和解へ、合意に向けての最終協議中


最近のニュースから、少し御紹介します。


Vatican confirms SSPX is being offered Personal Prelature

バチカンは、聖ピオ十世会に教会内の属人区としての立場を提案していることを確認した。
(属人区とはオプスデイと同様なカトリック教会の位階的組織の一つ −*管理人注)

http://www.catholicnewsagency.com/news/vatican-confirms-sspx-is-being-offered-personal-prelature/




 私は、この「聖ピオ十世会とカトリック教会の和解」への動きを歓迎します。


 一部の方々に誤解があるようなので申し上げますが、私は「真正のカトリック信徒でありたいと願う」ものであって、どの派閥にも属するものではありません。

 それでも、聖ピオ十世会の立場は理解できますし、彼らを排斥しません。
むしろ、「カトリックの信仰を、正しく 一切の妥協無く 保とう」とする善意に、敬意を表します。


 以前にも書きましたが、

「...トリエントミサは美しいと思いますし、よく与っておりますが、ノブス・オルドも、状況によっては、たまに与ることもあります。

教会が かなり混乱してしまっている現在の状況では、信徒のレベルでいえば、あまり厳密に 神学的な議論を極めなくても、とにかく よい御ミサに与れて、霊的に健やかであれたら良いと、私は思うのです。

教会が あるべき姿に立ち返ったときには、聖ピオ十世会も 自然と教会の中に融和しているでしょうと思っています。
ですから、あまり心配しておりません。
教皇様が 破門書簡を取り消したのは、正しい処置だったと思います。」


http://akitadiary.seesaa.net/article/145695279.html?1279119650

というのが、大旨、私の立場です。

 これは、カトリック系英字新聞「レムナント」の支持者や、ファチマの活動家として知られるアメリカ人弁護士 クリストファー フェララ氏などと同じような立場だろうと思います。


 私は、カトリック教会の「古き良き時代」を知っている、トリエント典礼のミサの中で育った最後の世代ではないかと思います。
 私が子供の頃は、すべての教会でトリエントのラテン語ミサでした。一般信徒が御聖体に触れるなど、考えることも出来ないことでした。
 聖堂内では、皆、沈黙を守っていましたし、ミサの前には、よく告白の秘跡を受けに行きました。
 金曜日は、皆、小齋をし、十字架の道行きをしました。

 こういったことを、信仰を正しく表す手段として、変わらずに守っているグループを、「異端」として排斥するならば、私たちの先人方は、皆「異端」になってしまいます。



 1988年に、ルフェーブル大司教様が4人の新しい司教様を叙階された時、確かに「破門」の文書が出されました。
 でも、この時の経緯を見ると、どうも納得がいかないのです。

 そもそも、バチカンは、「聖伝のグループのための新しい司教を叙階することには同意」していました。
 それを受けて、4人の司教叙階の前に、ルフェーブル大司教様は、新司教に推薦する候補者の名前を、何人も提出していました。
 それらが事実上すべて却下され人選の検討が非常に長引いたため、自身の死期を案じるほどになったルフェーブル大司教様が、やむなく新司教叙階を決行されたのです。

 ということは、突き詰めると、「司教の人選の問題だった」ことになります。
 すると、結局は「教会内の政治的問題」というか、「派閥争い的な問題」ということになってしまいます。
 
 一番肝心な「教義の問題」ではなく、そういった類いの問題で、「破門」とは、ちょっと違うのではないか、という気がします。

 教会の歴史の中では、例えば「イエズス会」なども、政治的問題のために「破門」の憂き目にあっていた時期もあります。
 それが、今では教会内で「神学的エリート」と呼ばれる方々です。
 それで、こういう類いの問題ならば、解消しうると考えます。


 教皇ベネディクト16世による聖ピオ十世会の「破門撤回」後は、聖ピオ十世会は正式に「教会内で教理聖省と教義的問題について協議中」という立場でしたが、2011年の秋の協議終了後、教会当局からは、
「いかなるド グマ(教義)も攻撃していることには当たらない」
つまり、厳密に言って教義上は逸脱していない、という見解を受けています。これは大事なことです。


「いかなる刷新も教会の伝統に基を置く」ということでは一致していますし、結局はその実践のあり方の問題であろうか、と思います。


 今後は、教会内で聖伝派の一致は進み、むしろ、「口での聖体拝領を許さない」といったような、聖座の意向に明らかに反する「逆方向の逸脱」の方が修正されるべき時期に来ているのではないか、と思います。


 「WikkiMissa」などの国際サイトをみても、世界的にトリエントのミサはますます増えていますし、フランスなどは400カ所以上も聖堂があり、信者数も聖伝ミサに与る人の方が多くなっているそうです。
 アメリカなどでも、聖ピオ十世会より教区の聖伝ミサの方が多いですし、わざわざ「聖ピオ十世会の友人」などと書いている教区司祭もいらっしゃいます。

http://honneurs.free.fr/Wikini/wakka.php?wiki=PagePrincipalEn


 こちらは、ウナヴォーチェの国際サイトで紹介されている、聖伝ミサを捧げる司祭を含む男子修道会と関連の修道女会などです。

http://www.fiuv.org/links_broe.html



「刷新と伝統は車の両輪」と、尊敬するシスターが言っておられましたが、カトリック教会が偏ること無く、まっすぐに、正しい信仰の道を歩めますようにと願っております。


 
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posted by テレジア at 00:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 聖ピオ十世会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
合意に達することができればいいですね。あの普通から見れば保守的な教皇様なら、そうなることも有り得るとは思います。ピオ十世会がもし正しいのであれば、そうなった方がいいのでしょう。
Posted by 一カトリック at 2012年07月06日 02:43

一カトリックさん、こんにちは。

そうですね。私は、聖ピオ十世会会員の方々が、フェレー司教総長様と一致していると良いと思います。お祈りしています。
Posted by テレジア at 2012年07月07日 16:50
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