2015年03月29日

キリストの御受難に添いて四旬節を生きる


フランシスコ・パウロさんから、メールをいただきました。
秋田ミニ巡礼記で、ご紹介した「癌」を癒されたフランシスコ・パウロさんです。
http://akitadiary.seesaa.net/article/380397276.html?1427946629

メールを読んで、私も、四旬節をキリスト者として、より良く過ごすために努めたいと思いました。

分かち合わせていただきます。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。
ー(引用ココから)ー

御存じのように、春分の日の後の満月のすぐ後にくる日曜日が御復活祭です。それをさかのぼること日曜日を
除く四十日目が「灰の水曜日」となります。日曜を合わせると四十六日となります。


これ程熱心に「十字架の道行」をしたことは未だかってありません。


おと年の私の癌を含む全身五か所の疾患、

昨年は義母の小脳の九割の壊死。

そして義息の劇症肝炎、死を覚悟しなければならない手術。

今年に入り弟の三叉神経の劇痛による疾患、

そして頭蓋骨を開けての手術、

これでもか!という苦難の日々でした。
しかし全て「御心」により癒されました。

そこで今年の四旬節は犠牲の信心行として毎日「十字架の道行」を祈り黙想することにしました。
また金曜日は大斉、小斎と決めました。私の年では免除されますが、あえて行うことにしました。


経験したあらゆる辛さを思い出しながらの祈りです。

また十四留の内容にこのたびのISの事件も重なって圧し掛かってきます。


初めは涙涙の行でした。
しかしだんだん深い黙想に入ることが出来ました。

主の御苦難の一つ一つの事柄は黙想するに大変つらいものです。

しかし、第七留「イエズス二度倒れ給う」において

「・・・われらの悲しむ時に当たりて頼もしき心を失わせじとなり、
天に昇る道は十字架の道にて、すなわち苦しみの道なれば、
御苦難の功力により、われらをして雄々しき心をもって、歩ましめ給わんことを・・・」


この箇所にとても慰められ、思わず紫の布の覆いを取り十字架を眺め入るのです。

「枝の主日」です。喜びの内に「主」をお迎えする事が出来るように願うのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ カトリックへ
カトリックブログランキング- よろしければ、めでたしひとつと クリックひとつ お願いします。






.
タグクラウド