2012年10月30日

あまり知られていないイエズス様の「聖心の啓示」の御言葉

聖心の崇拝についての大啓示 1675年6月

「ああ、この私の心は、これほど人々を愛し続けてきました。
それは、涸渇するに至るまで何も惜しまないほど、そしてこの愛を人々に証しするため、自らを使い果たして、惜しまないほど愛し続けました。
そしてその感謝の代わりに、私は大多数の人々から忘恩しか受け取りません。

 それは、愛の秘跡の中にいる この私に対して保っている不敬な態度、冒瀆、冷淡さ、軽視によって です。
 けれども、それ以上に 私を一番傷つけることは、このように振るまう、私に奉献された人々(*)であることです。

 私はあなたに、聖体の大祝日の八日後の最初の金曜日が、私の聖心に栄誉を与える特別な祝日として捧げられるよう要求します。

 この日には、聖体を拝領し、聖体が祭壇の上に顕示されている間、聖心が受けた侮辱の償いをするために謝罪をすることによって、主の心に栄誉の補償を行うのです。
 私は、あなたに、またこの栄誉を補償してくれる人々や、聖心に栄誉が戻るよう計らってくれる人々の上に、聖心の神的愛の影響力を溢れるほどふんだんに与えるため、私の心が喜びに拡がることを約束します。」


*訳注:聖職者、修道者、修道女など、誓願によって奉献された人々のこと。

「聖マルガリタ・マリア」自叙伝 鳥舞 峻=訳  216〜217ページより引用


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 ふと思ったのですが、このイエズス様の「聖心の啓示」の御言葉と「聖体奉仕会の祈り」は呼応しているような感じですね。


「聖体奉仕会の祈り」

御聖体のうちに、まことにましますイエズスの聖心(みこころ)よ、

一瞬の休みもなく 全世界の祭壇の上にて いけにえとなられ、

御父を賛美し 御国の来たらんことを こい願う

至聖なる聖心に 心を合わせ、

わが身も心も 全く 御身(おんみ)に捧げ奉る。

願わくは 我がこの貧しき捧げを受けとり、

御父の光栄と霊魂の救いのために、

御旨(みむね)のままに使用したまわんことを。

幸いなる御母よ、御身の御子より 引き離さるるを 許し給わざれ。

御身のものとして 守り給え。アーメン



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