2012年09月27日

ウナボーチェの聖伝ミサに与りました

 
 先週の日曜日、9月16日に、ウナボーチェジャパンの主催する聖伝のミサ(トリエントミサ)に与らせていただきました。

 コメントを下さった 一カトリックさんだけではなく、他にも以前からいろいろ御意見をいただいており 少し迷ったのですが、このブログでも時々、聖伝のミサをお薦めしていますし、日本でのウナボーチェのトリエントミサに 実際に与ってみたいと思いました。

 以前にも書きましたが、教会がかなり混乱してしまっている現在は、信徒としては、とにかく「良いミサ」に与り、恵みを受け、霊的に健やかであるよう努めるべきだと思うのです。

 主日には、「良いミサ」に与りたいと思い、新幹線で上京しました。ミサの時間が午後3時と遅いので助かりました。

 なぜ、近くの教会のミサに行かないのか、といえば、ノブスオルドのミサ(現行の普通形式のミサ)では、「良いミサ」と言えない場合もあるので、よく知らない司祭のミサに与りたくないからです。

 日本では、海外で見られるように、ホスチアに市販のクッキーを使うようなことは、あまり無さそうですが、手による聖体拝領は広く行われています。
 すべてのノブスオルドのミサに反対するのではありませんが、個人的に言えば、「手による聖体拝領だけしか認めない司祭」のミサには与りません。
 信徒が口で聖体拝領することは、聖座によって認められているので、それに反対するのは「聖座に従う」(=教会のしていることをする)という意向に疑問がでてくると思うからです。
 教会の規則に従って、正しく捧げられたノブスオルドのミサの有効性に反対してはいませんので、旧知の神父様の「良いミサ」には与ります。
 (私がここで言う「良いミサ」とは、「有効性が疑われないミサ」という意味です。これはもちろん、私個人の判断を私自身のためだけにするのであって、他の方が私と違う判断をしていても、批判をするつもりはありません。)

 池田神父様には、お会いしたことはありませんでしたが、ブログを読んで下さる古い信者さんから、「池田神父様はとても有名な方で、これをお聞きしただけでUNA VOCEへ行こうかなと思うぐらいです。」とか、「池田神父様はあまりにも有名な方で著書もいくつか読ませていただきました。 」などと、メールをいただいていましたし、聖伝のミサですし、ぜひ与ってみたいと思いました。

 当日は、2時の開場と同時くらいに到着しようと予定していましたが、思ったより駅から遠く、少し迷ったので、ロザリオの始まる少し前に着きました。
 金曜日の小斎のこととか、気になることがいくつかあったので、ミサの前に告白の秘跡を受けたいと思っていました。
 池田神父様に告白の秘跡を授かった時、天主様からの許しの恵みが心に広がるように感じ、感動しました。諭しのお言葉も秀逸でした。

 御ミサは、トリエントの歌ミサでした。
お馴染みの美しいラテン語の讃美歌が聖堂内に響いて、カトリックは一つだなあと感じました。トリエントミサだと、世界中どこへ行っても、同じミサ、同じ聖歌で捧げられているからです。

 御ミサの朗読は、ファリザイ人が上席を争っているのを見て、イエズス様が「招かれた時は末席に着くが良い。。云々。。。」と、おっしゃる箇所でした。
 お説教は、聖書の朗読箇所から「謙虚になることの大切さ」、そしてタラントの喩えと関連づけて「へりくだって奉仕をすることの大切さ」を、お話し下さいました。わかりやすく、良いお説教でした。

 ミサの参加者は、聖堂が7〜8割方、埋まるくらいでした。

。。。実は、御ミサの後の懇親会にも、図々しく参加させていただきました。
 御ミサの朗読の箇所が心に残っていたのか、皆さんが 初参加の私のために、神父様の真正面の最上席をススメて下さいました。「遠慮」という言葉を辞書で見つけられない私は、ススメられるままに「どうもどうも」と、最上席に座りました。皆さんのご親切のおかげで、神父様のお話がいろいろ伺えて、有意義な時間を過ごすことができました。心から感謝しております。

 また機会があったら、参加させていただきたいと思いました。どうもありがとうございました。

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