2017年05月20日

秋田巡礼2017の黙想。


この度の巡礼では、ファチマと秋田の違いを少し理解することができたような気がします。

講話のとき、祈りの時、聖歌を歌っている時、巡礼の間中に、いろいろと心に感じたことをまとめてみました。


秋田の聖母像.jpg


。。。。。

ファチマの聖母.jpg


 今年は、ファチマでの聖母出現の100周年です。

 ファチマでは、太陽が動き回り、落下して地表近くに来て、そしてまた戻る、という大きな奇跡がありました。

 秋田での 聖母像が涙を流された、という奇跡は、ファチマに比べると地味ですが、同じように、というより、むしろそれ以上に偉大な奇跡なのです。
なぜなら、それは、「本質的奇跡」(*1)と呼ばれるものだからです。
また、全世界で公認された御出現の中で、落涙現象を含むものは秋田だけなのだそうです。


 ファチマの奇跡は、人々を驚かせるような奇跡でした。太陽が回転した後、落下して来て人々がその熱を感じる程になった時は、大勢が痛悔し、教会の反対者たちは死ぬほど恐ろしい思いをしたそうです。
ファチマの奇跡は、信じない者たちの心を揺り動かし、改心を迫るようなものであったと思います。


 秋田の奇跡は、人々の心に語りかけるような奇跡でした。聖母マリア様の涙を見た人々の多くは、自分の至らなさを思い、よく信心に努めて、もっと信仰を深めるよう導かれました。
秋田の奇跡は、むしろ信じる人々のためのものであったように思われます。


 秋田の聖母像から流された、血、涙、汗 は、みな異なる血液型の「ヒト体液」でした。
 安田神父様がおっしゃるように、これは天主様の新しい創造の御業でありました。どこぞの借り物ではありません。
 ですが、信じない人々には、意味のないものに見えたようです。
 安田神父様は、以前、ある女子修道院長に、「秋田の聖母像の涙などは、一般の人びとが何か珍しいものに群がるように、好奇心をそそるのに役立つでしょう」と、なかば軽蔑的に言われたことがある、と、書かれていました。
 しかし、トリックで同じような事が簡単にできる、という事が、必ずしも小さな奇跡というわけではありません。



 秋田の聖母のメッセージにも、近い将来の大天罰の予言があります。
「火が天から下り、その災いによって人類の多くの人々が死ぬでしょう。」「生き残った人々には、死んだ人々を羨むほどの苦難があるでしょう。」
というメッセージは、日本で与えられたので、これらことは日本でも起こるでしょう。


 先の第二次大戦でも、多くの人々が亡くなりました。
でも、ほとんどの生き残った人々は、「命だけは助かった」とか「生き延びれて運が良かった」と、喜んだものです。

 生き残った人々が死んだ人を羨むほどの苦難とはなんでしょう?

 現在は先の大戦時より、大量殺人兵器は遥かに進歩し多様化しております。
その中でも、死んだ人を羨むような苦しみを与えるのは、生物(細菌やウィルス)兵器による恐ろしい病気、化学兵器による無残な症状、核兵器による放射能汚染などではないでしょうか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/生物兵器
https://ja.wikipedia.org/wiki/化学兵器




 先の二つは、上層部だけは助かるように解毒剤や治療薬あるいは予防薬などが用意されているでしょうが、放射能汚染だけはどうにもならないので人類存亡の危機となるでしょう。

 保有していることを表明している国々の核兵器ばかりではなく、旧ソ連解体時に行方不明になったものを別の国あるいはテロリストが保有している可能性 とか、人工衛星には核兵器を搭載しないという国際条約が遵守されていない可能性 とか、期限切れの廃棄された大量の核弾頭が放置されている、とか、一般に出ている情報から考えても、いつ、どこで恐ろしい状況になるかわかりません。

http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51860326.html
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/05/05010322/06.gif



 核兵器が使用され、連鎖的に多くの爆発が起こるようになれば、多くの地域での高い密度の放射能汚染は免れ得ないでしょう。
 放射能で、DNAが破壊され、髪も皮膚も再生されなくなった人間は、おそらく酷い苦しみの中でゆっくりと死んでいくしかないのです。医療は役に立たないでしょう。


https://matome.naver.jp/odai/2138155626159397101
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65743348.html



 このようなことは、まず日本で起こるかもしれません。
 日本民族は、天主なる神の「第二の選民」である可能性が高いので、そのDNAを破壊し絶滅させたいと、悪魔とその追随者たちは考えるだろうからです。
(これについては、後日、詳述します。)

 ここに、聖母が、「秋田のこの地を選んでお言葉を送られた」(天使の言葉)意味があるのではないでしょうか。
 日本は、世界で唯一、核兵器(原子爆弾2回)の投下を受けた国であるばかりでなく、今後も受ける危険が高いのです。

 しかし、秋田のこの地で、聖母マリアは「私に寄りすがるものは 助けられるでしょう。」と約束して下さいました。

 秋田の聖母の御出現を信じ、特に、聖母マリアが共贖者なることを信じ、寄り縋り、正しい信仰に留まる者が多ければ多いほど、日本民族は助けを受けるでしょう。

 天主は新しい創造を行い給い、人々のDNAを再生されるでしょう。
 これは、世界に対する印となるでしょう。

 昔、救い主イエズスが、中風の者に「あなたの罪は赦された」(マルコ2−5)とおっしゃり、その印として、その身体をも癒されたように、この度は、共贖者マリアが、人々を霊的に助ける印として、その身体をも助け給うでしょう。

 (しかし「良い人も悪い人と共に死ぬでしょう」とメッセージにあるように、善人が、すべて生き残るという意味ではありません。民の改心のために命をお捧げする人々があっても良いのです。)



 秋田での、最も重要でありながら、ほとんど知られていないメッセージ、
101回の涙の意味、

1人の女(エワ)によって滅びが、
1人の女(マリア)によって救いが、
この世界に訪れた、

と、いうことを 強調するために、聖母マリアは、母としての御助けと干渉を、ファチマ101周年に、始められるような気がしてなりません。


 そして、その御助けは、時の終わりが近づくにつれ、ますます大きなものとなるでしょう。

 終末の天罰について、黙示録には多くの記述がありますが、例えば、「獣の印を持つ者に、悪性の腫物ができた」などのように、終わりが近づくにつれ、その多くは悪に付き従う者たちに限定されていきます。
 


 聖母マリアは、良き子供たちのための艱難時の助けを示すために、秋田のメッセージと奇跡を与えて下さいました。
 聖母の子供たちは、何も心配する必要はありません。


秋田の聖母像2.jpg


 秋田の聖母の御出現は、ファチマのメッセージの完結、結末、解決として、最後の切り札として、信じる人々のために与えられました。

 聖母マリア像の涙は、小さく見えますが、創造主なる神のみが行える本質的な奇跡なのです。
 そしてこれは、将来の恐ろしい人類存亡の危機に際する決定的な御助けの前印でもあります。

 最後には聖母の汚れなき御心が勝利するでしょう。

 聖母がお望みになったように、愛する子供として信頼し祈りましょう。
 真の天主なる神の御前に、謙遜に跪き礼拝いたしましょう。
アーメン。なれかし。


。。。。。。。。

*1(安田神父様の著書「奇跡と涙」を参照し纏めました。)

神学者、聖トマスによると、奇跡は三種に分類される。
1。様式上の奇跡
  自然に起こりうる事柄だが、自然的手段の助けなしに起こること。(例 病人やの治癒、瞬時の物の移動など)

2。客体的奇跡
  通常、自然にはあり得ない事柄が、ある客体に起こること。(例 ナイムの青年やヤイロの娘の復活など)

3。本質的奇跡
  全く自然作用の能力によっては到達し得ない実体の全質変化が起こること。客体の本質を転換して、別種の本質とならしめること。(例 カナで水をブドウ酒に変化させたことなど)



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posted by テレジア at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 黙想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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